2007年7月19日木曜日
2007年7月12日木曜日
7月12日 -セミナーで 発表!、研究室の引越し作業、SS
成功とはいえないが、僕として、十分に準備し、その内容を復習する機能のある発表になったとおもう。
みんなにわかっていないが、これからまたわかりやすく準備しましょう。
引越しは大変だった。
忙しくて、ごみが多かった。棚とか重くて大きいものをいろいろ解体、梱包の作業だった。
仕事の効率をよくするようにいろいろ考えたら、僕は「発想が面白い」といわれた。
あまり波瀾のない日だったが、友達と仕事の連絡は行えた。
SBD、インターン期間 李ワイ、返し物 高シ、陳リョウセツ、広島自転車旅行 張キ、ふざけるな |
2007年7月11日水曜日
7月11日 -電磁気授業の最終回、企業探検隊
来週の厳しい試験に向かってがんばりましょう。
しかし12日の研究室セミナー之四年生発表の準備も忙しい。
この何日間本当にめちゃくちゃ生物の勉強をしていた。
--夜は1時30分まで研究室で奮闘していたのよ。
企業探検隊の話をしましょう。
今回行ってきたのは、「日本報知機株式会社」という会社だ。
| エンジニア起業の典型例で、企業の中で伝統がとても人的だった。 主な仕事はもともと「報知機」を建築に舗装する技術の安全の付加価値を売る仕事だった。国民の安全にもかかわるので、建築関連の法律に結構左右される業界だ。 建築業界に、弱電設備施工に属す。センサーのメーカ(能美,ps com=ニッタン、ホーチキ)から注文し、それらを「職人の技」でつける。今はその安全性を生かし、スピーカー、テレビアンテナ配線、防犯センサー&カメラ、携帯の基地局まで作るようになった。これらの事業の展開は、安心できるすばらしい技術にこだわり続けてきた結果である。 峯茂康社長(2代目)は、「職人の技」と「職業のプライド」を売り物として、80人あまりの社員の会社を経営している。お金がどんな時期でも回転できる業界ではないが、多額の人件費を抱えながら、40周年を迎えていた。 峯社長の業界への詳しさに感心した。やはり、エンジニアの心を持たないと、会社がやっていけない。 僕は、いつも「職人の知恵」というお父さんの気持ちが少しわかってきたような気がする。 峯社長はまた、収入と支出、そして予算と計画についての助言を学生に聞かせた。自己管理&会社管理に重要だね。 |
2007年7月10日火曜日
7月10日 -CCDGの話
今回は、FoodとSuperstitionについて熱談した。
どうも、Medianが超自然の現象(雨をやめさせる、誰かを愛するようにさせる、幽霊を見る)など一番詳しい。
大変盛りあがった。Prasamsaが、幽霊がトイレに潜むという話を聞いたら、思わず大きい声で「ギャー」と。
みんなが大笑い。
これからも仲良くしよう。
来週はNepalese料理を食べに行く。たのしみだね
7月10日 -インターン お酒の免許をとるお客さんの先へ
上司の行政書士濱口篤さんと一緒に、
酒販小売免許を取る新聞屋さんのところへ行ってきました。
部屋の寸法を測ったり、写真を9点から取ったりしました。
疑問:なぜそうしただろう。
それは、サービスとして、もっと付加価値を提供するためです。
その価値というのは、お客さんが望んだ「早く確実に免許が下りる」ことです。
その価値をなぜ提供できるかというと、行政書士事務所の蓄積したノウハウがあるからです。
逆に言えば、それを提供できるようにするには、ノウハウという経営資源を作らなければいけない。
さて、なぜだろう。
と濱口さんに聞かれました。
一生懸命「手引き」の中見て、探って、結果-入り口から壁を撮影したり、一軒家の連続の二つの店の間を撮影したりする理由がわかった。それは、「手引き」の中で、申請者がほかのお酒の販売の店、レストランなどでなければいけないと書いてありました。隣はレストランなので、それをはっきりさせる必要があったのです。
仕事場を撮影したのは、ちゃんとお酒を販売する場所があるのか、酒販の経営条件を満たすかでした。
濱口さんにほめられて、よく見つかりましたと。
けれど、私が見つかったのは表面のところだった。それから一方進んで、なぜそれで付加価値が追加されるかがわからなかったです。
その理由は、ちゃんと「手引き」の中に書いてあった。表紙に「税務署」。経営条件のところに「税金を支払うのに支障がないこと」が重要視されていた。
一点一点の条件から、背後の理由がきちんと見つけるのが難しいが、
作る人の立場から見れば割と簡単な理由でした。
税務署は、税金を納めなければいけないです。
お酒は嗜好品で、多額の税金の支払いが要求されています。
税務署が審査し、許可を発行することになったのはその理由でしょう。
なので、税金を滞納する人に許可が下りないし、経営に赤字がある人も難しいです。
これらいろいろな条件は、みんな税金の順調な支払う条件と関係がありました。
さすがに濱口さん。
これはすべてのことの法則です。
人間関係がギクシャクしているときも、その裏にある気持ちを理解できない場合が多いです。
仕事がうまくいかないのも、仕事の全体像をつかんでないより、考えるベースにあることがわからないからだろう。
法律も、全部わからなければいけないのではなくて、表面から裏側にある理由を見極める必要があります。(そもそも、法律を全部知ろうとしても、無理です)
また、経営に関する書類の手伝いを期待していま~す!
2007年7月9日月曜日
中国組織特質 -リスト
部下に対しても、命令ではなく評価されるように自らやることに導くことで、心の重さを体験させる。
けれど、これは言葉でいうものではなく、やって見せるものだ。
②中国人はボスが正しく思ったものは実に間違いであることを一緒に証明することに興味を持っている。
部下の面子を配慮するため、違う意見がある時、会議で結論を出さなくて、
採択したい意見を持っている人をプライベートに会って、彼がみんなを説得させるようにする。
③2番目の心得で、部下を管理する。そして自分の上に余地を置いておく。
④上司の気持ちが分からないから、助言を慎む。テクニックが必要(=文句をいう)。
⑤中国人の幹部には責任が分配されるが、見合った権力が分配されていない。人をコントロールする術。
⑥中国人の機嫌を取ってもいけないし、恨みを買ってもいけない。(=先小人後君子)
⑦中国人は警戒心が強い、ゆえに何でも疑う傾向がある。突然態度の変化が、企みだと思われがち。
⑧上司にあくまで主張する。はじめ、断られても、15分後また行って、15分後また行ったら、通せる。
⑨祖父が孫をかわいがる、息子をしかる。1番役立つ子供の教育は、祖父の威厳を借りて教育する。
「子供のいたずらを褒められる面に転化」という上司の命令を直接つたえなくて、転化して伝える。
責任をかこつけるように見えるが、一番適した人物に決定を宣言させるのだ。
⑩中国人にめちゃくちゃなことを言えば、本当のことが話させるが、
真面目な話をすると、嘘が出てくる。
<共通>
上司が部下の力を試すことがしばしばある。それは困らせるためではなくて、使える部下を選ぶためだ。
中間の管理職にとって、一番大事な仕事は、部門の特異性のための政策作りである。
上司に安心させ(信頼できる)、部下に優秀さ(能力)をみせる。
職務範囲内、範囲外の資源を上司の立場で考え最大限活用。つまり上司ではなく自分が自分を昇進させる。
上司への報告は、常時、簡単。(報告しなくても、しすぎでも疑われる)
ボスにとって、一番大事なのは、部下の随時報告とほかの情報。
<意味の違い>
これは最低価格だ=まだ値切る余地がある
お前から儲かっていないのだ=たくさん儲かっている
何もない=大変なことがある
いくつだった?思い出せない=大変詳しく知っている
なぜ日本でMBAを取るのか
アメリカは忠実表現で管理するが、東方の管理は、無言、試練、相手への配慮から成り立っている。
日本で勉強すれば、その間の距離が見えやすく、自分のスタイルが形成しやすいため。
②日本は僕の第2のふるさと。
日本の社会は僕を育った。これから日本と中国の間の架け橋になりたい。
(③早く「芸術そのもの」に触れたいから。
理系で就職すると技法だけ分かって大局観の形成に不利。僕が目指している所と違う。
日本で新卒でMBAの勉強が認められるから。)
7月9日 -中国の中間層管理、研究室の引っ越し、わわわわ
とても為になって、テクニックが勉強できて、中華民族の頭と伝統のよさを感じていた。
研究室の引っ越し。
午後3時行ってたので、怒られてしまった。
少し、僕がまだ日本にいる年数が足りないと感じた。
もっと日本の文化を勉強しよ。
前7日の就職サポートフェアに、W5SSの人に会った。
そして今日、メールが来て、面接を求められた。よし、面接に行こう。
就職の可能性がひそめているからね~~。
夜は、榎元さん夫婦(?)とおいしい北海炙屋にいって食べました。
2007年7月8日日曜日
7月8日 -バスケット試合、肥田さんと食事
1試合は勝って、直接セミファイナルに入った。
2試合目は僕半分参加して、もう時間が2時に向かっているから、やめて家に帰った。
でも、久しぶりに運動して、そして成績がよくて、とても楽しかった。
鈴木さんと約束があったが、それがキャンセルになったが、こちらに伝わらなかった。
電話がつながらなくて、僕はしばらく本を読もうとしたら、気温がよくて、寝る気分になった。
7時に肥田さんと座ワタミで食事をし、いろいろ楽しい話をしていた。
2007年7月7日土曜日
7月7日 -愛知県留学生就職サポートフェア、愛大9条の会、港平和の集い
参加者が大勢いましたが、名大からの学生が少なかったです。
安田さんに会えるかと思ったが、合えることができませんでした。
お昼、尹とITSOの相談をしていました。
最近活動していないから、向こうから心配されていました。
そうですね、なにも活動しないと意味がありません、就職をサポートしよう。
午後2時から愛大の車道キャンパスで、9条の会のパネルディスカッションを聞きました。
将来の国際情勢と日本の憲法の関係を3人のゲストと加々美さん4人で大変よく分析できました。
特にドイツ人のサーラさんがドイツから見る日本の改憲、とても新鮮な視線でした。
5時に終わって、学友会の友達に誘われて、全港湾会館に行って、アジアの平和の集いに参加しました。
7月7日は盧溝橋事変70周年です。それを記念して作ったイベントです。
ちょうど名古屋港も開港100周年でした。
日本の方々がそんなに中国を侵略する事実を認め、誤ってくださることを見たら、感動しました。
7カ国の人々が集まって、3カ国の料理を賞味し、各国の踊り、音楽を聴き、大変満足しました。
2007年7月6日金曜日
7月5日 -セミナー、インターン、SS
研究室の人にとても申し訳なかった。
それは、今日は明日の引越しの準備の日だったんだ。
小坂英雄行政書士事務所で、、「在留許可業務支援サイト製作」プロジェクトで、
「日本の企業が日本の大学から新卒の留学生を採用する場合の手続きの流れ」をテーマとして勉強した。
それがブログになっていて、ぜひご覧になってください。
http://nagono2.exblog.jp/
ボスのブログも乗せますね。
http://kosaka.main.jp/
あまり関係ないけど、大家さんのブログもついでに。
http://sumiko-pinpong.cocolog-nifty.com/
7月4日 -電磁気、企業探検隊、中国物産、ラーメン、勉強
もともと写真日記にしたかったが、ずっと夢が実現できなかった。けれど、まいにち勉強頑張っていた。
企業探検隊は、倉地株式会社に行ってきた。
従業員20名ほどで大きくないけど、とてもすばらしい会社だった。
社長の倉地久雄さんは、普段しゃべる人に見えないが、とても心が優しい方だと感じて、どうも居心地のいい会社だった。配管の仕事は今までふれたことがなかったので、今度は大変勉強になった。
そして日本経済新聞の小西雄介に取材された。自分の名前が新聞に載るのかな。
2007年7月4日水曜日
7月3日 -留学生のための就職セミナー第1回、CCDG、前CCDGの集まり
林テンプレの小澤彰さん、趙炎さん二人から、留学生就職の現状を聞きました。
次回は7月30日。行きたいと思う。
夕方 CCDGに参加し、Family、Marriageの話をしていました。
僕は自分の結婚観をはっきりとしました。
| 「お金、キャリア、結婚のどれを第一位に置くか」の質問について、私はこう答えしました。
「その三者は私にとって同じレベルにあるものではありません。結婚というのは、すべてのものの基礎です。それを例えすれば、ビルと同じだろう。ビルを、ショッピングモールにもできるし、ビジネスオフィスビルにでもできます。ビルはその目的に建てあって、ビルをなくして成り立たないし、ビルのためにほかのものをやるわけにもいけないです。実はpriorityの問題ではないが、私はこういって答えになるでしょう。ジョブ、お金、婚姻に問題があって、どっちを先に直すかといったら、婚姻を先に直します。そして、人は簡単に仕事を変えることができて、愛する人を変えることができないと信じています。 「ビルがなくても、個人で走り回って、道で商売もできるが、それは正しい道ではありません。しかし、自分がビルを建ててやり遂げたいことと違う場所で全然適しない形で立てるわけにはいかない。たとえ、彼女のほうに、私のためにここにいて、私のために夢をあきらめてください!と言われたら、私は彼女のほうをあきらめるでしょう。ビルを選ぶ時に、真剣に選ばないとだめだから。」 |
そして夜 前回CCDGの友達、ミズキ、Sarah、Rainy、鈴木さんと5人で行った。
楽しかった。イタリア料理をいっぱい食べた。
大学試験、将来のキャリア、英語の検定、いろいろ話をしていた。気軽で楽しかった。
お酒飲んでいなかったのに、少し酔っていた。
また、一緒に御飯を食べよう。
2007年7月2日月曜日
7月1日 -金華山合宿報告
一番有意義に思ったのは、経営者と学生のいい友達ができることです。
そして、ゼロスポーツの中島さんの講演が素晴らしかったです。
横山 陽平
八木 猛
原 怜史
野坂 加奈子
近藤 匠輝
作元 友紀
田島 由貴
などたくさん学生の友達ができて、
そして、岐阜の企業家のみんなに会いました。
株式会社 マンチェス 専務取締役 上田佳宏
昭和技研株式会社 総務部長 田中禎一
株式会社山乃郷 代表取締役 小木曽聡士
有限会社ジーアップ 代表取締役 柴田 俊
鵜飼不動産株式会社 担当:鵜飼浩司
株式会社山高商事 専務取締役 高橋武秀
MIJP 稲波伸行
モードサトウ 佐藤雅彦
ビゼン 糸尾幸治
株式会社ゼロスポーツ 代表取締役 中島徳至
有限会社ゴッタライド 代表取締役 吉田真
株式会社アイプレス 代表取締役 野田亜友弓
みんなが素晴らしい方々で、感動しました。
2007年6月30日土曜日
6月29日 -研究テーマ、英語の勉強、お母さんと相談、研究室の飲み会
午後から 英語の勉強(クリントンのハーバード講演)
夕方から お母さんと相談「何が問題?」
夜からは 研究室の飲み会(牛角-焼き肉食べ放題)
明日は金華山で合宿する。寝よう。
2007年6月28日木曜日
6月28日 -研究室セミナー、願書請求、李と雑談、SS、BLS、経営,英語の勉強
午後から 慶応願書請求、そのときに李ワイとばったりあって、雑談をしていた
夕方から SS(アルバイト)、経営,英語の勉強
6月27日 -電磁気学、友達のパソコン直し(奉仕)
家についたら、孫さんから電話があって、「パソコンはもう駄目」と、パソコンの修理を大急ぎお願いされたわけだった。
1時前孫のうちについて、話をしながらいろいろ壊れる原因を探り、Windowsの入れなおしなどの作業を行った。彼女は4時半よりバイトに出かけなければいけないが、それまでにできると思っていた。しかし厄介なもので、新しいWindowsがなぜかD、E、FドライブのファイルをOSに入る前に全部チェックしなければいけない羽目になっていた。それも各ファイル2回。4時半までできそうもなかったので、焦って見もしなくてDドライブを削除し、時間が短縮できると思っていた。しかし実はDだけではなかったので、E,Fもそうだったから、Dを直そうとしていた。しかし、そのツールでLBA、Patition Mapが壊れてしまって、HD全体の地図をなくしてしまっていた。それを一生懸命直そうとしたが、だめだった。
友達を助けるつもりだったのに、こんなことになって、自分がみっともないのだ。その時、孫は私ひとり家に残して、アルバイトに出かけていた。ひとりで相談しようもないし、FDISKし直すことにした。そしてWindowsを入れなおし、登録。厄介なのは、デバイスのドライバーが全部消えたので、また近くに住んでいる友達に頼んで、行ってインターネットからダウンロードすることにした。それは運良く解決できて、ネットワークアダプタのドライバーをインストールし、それからはひたすらインターネットからいろんなソフトをダウンロードし、インストールしていた。Windows Updateが4+78+3あったので、それが終わったらもう11時過ぎていた。
そのまま家に帰ったら自分が努力した甲斐の実感がなかったので、もっと良くして、孫が1時にアルバイトから帰ることを待つことにした。(次の日のセミナーがリスキーだったけど。)ウイルス対策ソフトを入れたり、キーボードの日本語化したり、HDのデフラグをしたり、いろいろしたら時間がすぐたって、孫が帰ってきた。すごく感謝されていたので、私も満足していた。
実は焦っていた。大学院の試験、いろいろな手続きなど、自分の考え方、面接で話すことは準備していないから、そして電磁気学の授業など、単位が取れるかが心配で、いらいらしていたが、まあ、中途半端で終わらなくて、奉仕の概念をもう一度考えるチャンスがくれたことになったのは、私にとっていい経験だった。
2007年6月26日火曜日
6月26日 -右腕会議、手続き、CCDG、バドミントン
午前中は 愛知ネットの右腕会議。企業探検隊の7月のシナリオが確定できた。
午後から 学校で奨学金の手続き、SOFTBANK賞金の問い合わせ、慶応大の願書、過去問郵送手続
夕方から 留学生相談室のCross Culture Discussion Group,友達について語った。
夕方6時 山之上体育館で バドミントン 楽しかった。
夜8時 牡丹亭という料理店で中華料理を食べた。5人おかず5皿、ご飯大盛り。終わったらみんなに、6月30の金華山合宿イベントと企業探検隊の話をした。合宿が参加できる人が出てこなかったが、企業探検隊に参加希望の人は4人もいた。
いろいろ手続きが残っていて、大変気持ちが良くなかった。
少しずつやっていくことで、少しすっきりな気分に戻った。
私は大人になったので、もう親が育てる子供として生きるのではなくて、親を養う役割に切り替わった。私は、ヘンリー・フォードの奉仕の精神を継ごう。
2007年6月25日月曜日
なぜ、理系を選んだのか、なぜ、これから文系にすすむのか。
理系を選んだ理由は、文系を馬鹿にしていたから。
理系を勉強する人は、文系のこともわかる。しかし、文系を勉強する人は、理系を理解するのは、大変時間がかかる。私もずっと理系を勉強してきたので、理系の大変さが大変わかっていた。
自分が物理が得意だったので、物理工学を選んだわけである。物理学こそ、万物すべての原理で、何年たっても変わらないのだ。文系の主観的なものは、歴史でさえ、人によって、時間がたつにつれ、変わっていくものだ。
世界を推進させているのは、技術、科学革新であり、ばかばかしい評論家ではない。昼に夢を見ている文学者でもない。社会問題を解決しても、実際腹がいっぱいにならないし、使える生産資料にもならない。
科学を勉強することが、社会に役立ち一番いい方法というか、唯一の方法とみなしていた。
日本に来て以来、社会に入ってボランティアをし、ホームステイで日本の家庭生活を見、日本の社会の問題と国際関係、平和と貧困にも考えるようになったのだ。
日本で芸術家に会い、政治家に会い、フリーライターの人に会い、企業家の人に会い、校長先生に会い、社会各層にいる人々の働くブリを見てきた。さまざまなアルバイト、インターンを経験し、仕事現場の状況も見てきた。日本という国は、いろんなジレンマを抱えていながら、一人ひとりの中にある素晴らしい仕事に専念する精神と、見栄えを大事に視する風潮と重なり合い、民族のプライドということを実感していた。
| (自分が中国人で、中国のことをあまりにも国際の視点から見ることを重視していなかったことが、自分にとってショックだった。中国の人々は日本に負けない、伝統と文明をもち、勉強好きの民族なのだ。私は、日本で一人の中国人として、勉強し、仕事をし、将来自分の夢を実現し、その間にずっと日本人のように、自分の故郷の伝統の精神を、徹底できるようにしたい。自分はかつて、自分が中国人であることにプライドを持っていたことが少なかったことに恥ずかしく思う。) |
| 中国人として、中国の社会と日本の社会、中国の文化と日本の文化の違い、中国語でさえはっきりと理解し、自分の意見を持っていなかった。 |
| 自分のことを見つめて、分析したこともなくて、友達関係、家族関係が自分にとってどんな意味なのか、自分が社会にとってどんな意味を持っているか、自分がどんな人を目指しているかでさえ、しっかりと考えることもなかった。 |
日本で、社会学、文化学、心理学、経済学、経営学、教育、体育、音楽、デザインなどを勉強していた。学校の授業もあるし、独学で本を読んだのもあった。
私が社会の中で受け止めたいろいろなことを解釈していた社会科学であった。弁護士たちの弁論会の時の知識になり、世界情勢の講演会の内容を理解するきっかけとなり、社長さんの後輩に伝える言葉の深い意味を聞き知るための財産になったわけであった。
社会人になった先輩たちに逐一聞いていた。学校で勉強した知識がどの程度仕事に役立ったのかと。ほとんどの人から、10%以下の答えを受け取った。それでは、学校で勉強することがどれくらい覚えているのかと聞いたら、同じような答えだった。学校で勉強することのほとんどが将来忘れてしまうことが、確かなことだと思った。なら、学校にいる時間をもっと有意義に使って、覚えられる経験を積んだ方がいいではないかと思ったのだ。
Dreamgate、経産省、愛経協、ACCJ、JASSO、UNCRD、9条の会、連合愛知、そして文化交流に関する諸々のイベントに足を運び、自分にとって少しでもプラスになる経験を積んでいた。
学校では、もっとたくさんの友達ができるように努力していた。留学生会、留学生支援のサークルACE、中国人留学生学友会、日中友好協会の活動、日本語ボランティアにたくさん参加し、会った人と交流し、友達になり、そして、今は留学生支援のネットワークを立ち上げ、留学生全体の支援を図ろうとしている。
その中で、リーダーシップを発揮し、自分の経験を、社会価値に転換する仕組みを一生懸命考えていた。
しかし、私の知識、経験がまだまだ足りないことに気がついた。
どうしたらいいか。
社会に入ることを選んだわけであった。社会に入ったら、当然社会経験は急速に積むし、自分の会社の関連する業務も、何年後ベテランになるでしょう。
どんな会社に入ることを決めようとするときに迷った。どんな業界がいいでしょう。どんなスタイルの会社がいいでしょう。私が将来、社会貢献ができる社長になるために、社会の仕組みを「マトリックス」の中のレオと同じように知らなければいけない。そして、自分の信念、リーダーとしての人格が十分でなければいけない。
それを磨くことがどこでしょう。答えが分からずに、すべてを経験しようとした私が、もっと学校で勉強することを決めた。しかし、ずっと理系を勉強するのは、もう私にとって無理なことになってしまっていた。その数学の公式、物理学の公理、化学の方程式、生物学のあやふやな記述、昔の私にとって意味が大変変わって、社会の仕組みの理解の上に勉強しないと、私にとって意味が持たないただの文字列にしか見えなくなっていた。
私は博打がやらない。博打は絶望の人がかすかな希望に向かって心の叫びか、大金持ちの社会価値の無駄遣いかである。私は理性的な儲け方をしたい。世界のエリートの名簿をのぞいたら、一生科学者でいる人が少ない。私は、科学発見のことを、センスの磨きの努力に運がいることと見ている。私にとってばくちと同じだ。エリートを日本社会で見ると、まずはお医者さん(分野によって、開業かどうかによって)、そして企業家の優秀な人たちであった。地域でいえば、東京のような大都市が多くて、農村には少ない。私が尊敬している小舅に、「理系の人が細部を見つめすぎ」、「右脳の発達が進んでない」ことが示された。
確かに、私はずっと理系な考え方で、自分の将来の全体図(画家の輪郭図)を描くことがなかった。ぼやけた感じで行ってもいいと思っていたか、そもそもそのことを頭に置いていなかった。どんなルートで勉強するか、どんなルートで人格を磨くか、人生にどんな目標が実現させたいか、人生の頂点の模様は何だろうか。これらの問題は、ずっと答えていなかったのだ。
人間が完璧なことができない。いくつかの選択肢から、選んで、ひとつに専念してやらないと、必ず失敗する。私は、余地なく社会科学を勉強することを選んだ。決める時、エネルギーがたくさんいたが。
なぜかというと、私は貴族になりたいのだ、私はお母さんを貴族のお母さんにしたいのだ。お父さんに私の成功を見せて、心から笑ってほしいのだ。
私の心を和らげ、毎日を冒険にし、賢くて問題の解決に向かって頑張る妻と、2人か3人の子供がほしい。大きなモデンなおうちに住みたい。それも芸術にあふれて、新世代の貴族を象徴するようなものでなければならない。そのうちから、自然が見える。そのうちが、自然である。春はあったかい風、夏は青々とした芝生、秋に真っ青な空、冬に真白な雪に包まれ、私の霊感を激励し、私を安らがせる場所となる。朝早く起きて、新しい朝日と新しい人生の可能性に向かって、温かいコーヒーを飲み、ジョギングして、アシスタントの人に大事なニュースとスケジュールを読んでもらう。そして、お風呂に入り、仕事の準備をし、妻と子供に挨拶、愛していることを言い表す。そして大事な友達と仕事のパートナーと連絡し、考えていることと情報を交換する。そして仕事場に向かい、仕事に集中する。昼ごはんは会社で食べて、社員の働く気持ちを聞き、自ら解決を向かって進める。午後は、仕事を部下に知らせ、簡単な報告を聞く。そして仕事場から役所、宴会場、美術館、科学展覧会、映画の試写会などに見物、大物と会談。そしてボランティアの仕事をする。社会をもっと良くするには、どんな努力が必要かを考え、自ら実行する。夜ごはんは妻と子供を連れて、港で海を見ながら食べたり、劇かスポーツを見てすぐそとのレストランで食べたり、自宅で気持ちいい話をしながら妻の手料理を味わったり。その後水泳か、テニスか、トレニングをし、汗かいて、温泉に入って、気持ちよく寝る。
週末は私が隣人のうちに訪問したり、地域のリーダーとして勤めたり、自分ができることを尽くして、尊敬できる人になりたい。そして、お母さんとお父さんを連れて、世界遺産を見物し、たくさんの写真を見たり、古い写真を見て、なつかしき古い物語を語りなおす。また、子供連れて博物館に行ったり、国会に行ったり、飛行機組み立て場に行ったり、有名な作家のうち訪ねたりしたい。そして半日、夜まで妻とロマンチックな時間を過ごしたい。花、月光、クラッシック音楽、愛のキス、きれいな服を着て、愛を刻む場所を次々と増やしたい。
子供を最高の教育を受けさせたい。彼らに命と社会の大切さを知らせ、生きることに感謝することと、奉仕の精神、そして好奇心とロイヤルな心を持たせ、社会を経験させ、悪いことを彼ら自ら認識でき、すべてを責任を持って、楽しく過ごせることを目指す。
妻には、センスと私のビジョンの理解を求める。一緒に生活することは、一緒に戦う戦友と、一緒にゲームをするプレーヤと同じ。総指揮、監督などがいないので、お互いを理解し、お互いを適度に愛することが求められる。お互いに、生きる甲斐になるのが最高なものだ。
両親には、世界各国に旅行させたい、両親の実現できなかった夢を実現させたい。
最初から私は奉仕をする。より多くの人への奉仕するために、私は自分の知識を豊かにし、生活をよくし、自分の自己実現を高める。そして、社会に適したスタイルで社会貢献をすることを求める。今は会社を創立し、組織で社会貢献が一番効率が良くて、生産性がいいし、人々に受け入れられやすい。なので私はMBAを取ろうと思っていた。リーダーシップの発揮、自分に必要な素質、身に付くための練習、生産活動の意味、人間として働く意味、世界の構造、世界のエリートの所在、世界の人々の行動など。これらを勉強することに一番適した場は、MBAコースであった。周りのみんなが、私にアメリカのMBAコースをすすめてくれた。しかし、私は日本でそれを取りたい。私は日本という国に恋をしている。日本で私は人生の方向を決めた。それに、私は日本と中国の産業の未来のつながりを強く信じている。今は外交の面でいろいろ難しいことがあるが、私は努力して、日本と中国の間に、EUみたいな国の間の絆を作りたいのだ。日本と中国の何千年の友好国交の歴史があって、日本の一番古い歴史が中国の本から発見されたことまで、両国のつながりが深かったのだ。中国と日本は昔の時、EUよりも強いきずながあった。私は両国の人民、政治家がアメリカのような野望のある超大国とか、世界を分裂させたい左派、右派の望むがままに対立させられることを許せない。
その担い手になるのに、私は日本の社会を勉強しなければいけない。わずか4年の月日が、社会を理解することに物足りない。社会のエリートと知り合っていないし、日本で根をはっていない。こんなに僕を魅了する国は、まだまだ発現が待たせることが多くある。
「一回日本人になりきって」という小舅の助言だった。
日本では、中国と日本の社会、ビジネスモデルを詳しく知っている人材を緊急に求めている。そのニーズに答えようとして、私自身がその人材になる。もちろん、理系の背景は絶対無意味ではありません。産業を理解するのに、技術の発展を理解する必要はあるし、研究者の気持ちを理解する必要もある。そして、理系の勉強は私にいろいろな将来の社会に対する夢を与えてくれた。飛ぶ車とか、脳の中のパソコンとか、生物機械とか。これらも私の前進する動力になる。
理系が知っていてこそ、社会のニーズを知ろうとしていた。工学部生の使命は、科学を産業に運用する役割であり、私はその役割を果たし続けるでしょう。MBAを勉強するときに、東京を理解し、東京の友達を作り、自分をエリートたちの中に混じり、その中新たな自分が見つけることを願っている。
頂点に立つことがない人には、麓の景色を評価する資格がない。
これは私の言葉だ。
その頂点に立て、世界を見下ろし、そして世界の中の普通の一人として頑張って、みんなが幸せになるように努力したい。
6月25日 -大学院を調べる、明石焼き(北川さん主催)、楊、梁が家に来る
午前中は 区役所に行って、国民健康診断を更新した
午後から 大学院を調べた。
夕方から 明石焼き(北川さん主催)に参加し、この間のオーバービさんの講演会で会った
佐野さん、野田さんに会って、そして北川アパートの胡と浦島も参加した。
楽しかった。また会えたら、ぜひ御飯でもプライベートで誘おう。
夜から 楊、梁が家に来て、楊は猫を見て、梁は借金の返済を要求し、携帯の辞書のデータを貰った。
夜は又遅く寝ていた。
でも、はっきりと原因が分かっていたから、そんなに自責しないようにできた。うれしい。
朝も早く起きられた。
2007年6月24日日曜日
6月24日 -親とチャット、張きが家に来る
親がの気持ちがわかったら、話したくなる。
無関係の話もして、時間は無駄だったが、
大変長い間話したことがなかったから、心配していたでしょう。
お父さんもチャットができるようになったので、
これから連絡のやり取りが便利になる。
張が夜家にきた。
一緒に酒を飲んで、おつまみを食べていた。そんなに雑談はしていなかった。
私のブログを読んでくれて、大変うれしかった。しかしいつも無神経な態度にうっかり。
その後私は日記に専念、4時まで書いていた。
理系、文系の選択。
人生の選択。
それを毎日読んで、覚えて、将来の指針にしようと思っていた。
2007年6月23日土曜日
私の夢 -ヘンリー・フォード著作集を読んで
大変感銘を受けました。
その中一番印象に残ったのは、
①利益の追求の風潮はあるが、それは生産と社会の効率に反するもので、奉仕を求めない事業は失敗する。
②投機の追求の風潮はあるが、それは怠け者の考え方で、うまくいくはずがなくて、毎日朝早く起きて、頑張って仕事をしなければいけない。
③社会、市民のためになるものを作って、事業がだんだんおおきくなる。お金が事業より先に来たら、失敗する。
この三つの考え方はまさに、私が考えがちなことです。
よ~く考えると、確かに社会の生産と分配反するものです。自分ができることから、奉仕しましょう。
私が考えたのは、個人レベルで
①中国語を教える。
②日本語、生活のコツを教える。
③就職を紹介する。
④みんなが通える店を作る。
6月23日 -サッカー、張きが携帯取りに、大人になるための奮闘
午後はサッカーをやっていた。
家に帰ってきたらもう5時。
張きが家にきて、先週16日(土)に私の研究室に忘れ物した携帯を取り戻すのが目的だった。
彼がおなかすいたって言ったので、スーパーに行って食材を買って、私が料理をした。
依頼性のある男で、お金に気前がいいが、いつもいたずらっぽい電話とメールが来るので、
友達に「あいつに注意した方がいいよ」と言われたくらいだった。
一方、ビジネスの知識があって、進歩を目指している青年で、将来偉い人になる可能性は否定できない。癖とか変えられたら、立派な人になるはずだね。(張へ:今はどう~かな)
その後、大家さんの北川さん(日本のお母さん)にメールで叱られた。
それが、私の態度のもとにあるわけを探すきっかけとなっていた。
詳細は、http://flair-u.blogspot.com/2007/06/blog-post_9887.htmlへどうぞ。
私は、自分に正直にいて、自分の弱さを受け入れ、幼い自分を受け入れ、
それを私が責任を持って、将来に向かって、それらの自分を助けるしかない。
2007年6月22日金曜日
わたしの夢 -お母さん 偉大なる母親
大学院、自分の将来、研究室、生物、自己管理、時間。
いろんな要素がご茶になって、整理しても整理しきれなかったのだ。
そして、大家さんの北川さんに言われた。
「悪いですが共有の意識をお持ち下さいね。npoにも必要な事項だと思います。先ずは老婆心まで。」
「重い物を吊すのは危ないし大変な修理に成りますので止めてください。」
「昨日と今日のメールお読み頂けましたか、冷凍室を皆で使って頂く為ペツトは 2本位にしてくださいとお願いしたのに4本にされていてお願いは聞いて頂けないんでしょうか、天井の件も無視して使われるつもりでしょうか、少し不誠実な態度に悲しいです。専用住宅でお住まい頂いたほうが良いかもしれませんね。精一杯出来る事している積もりですが通じないとしたら悲しい限りです。 」
こう言うメールを返信しました。
「お母さん!大変申し訳ございませんでした!!メール読んでいなかったです。本当に今読みましたので、信じてください。私は無視するつもりはありません。メールを見ることに怠けました。いまペットボトルも出しました、天井のペットボトルもおろしました。ずっと前から、私は自分が自分のことしか考えていないことが分かっていました。直そうといつも思っています。時間に関して遅れることもしょっちゅうありますが、それもいつも直したいと思っていました。しかし、「少ない資源でたくさんのことができる方がいい」、「少ない時間でたくさんのことができる方が賢い」と昔の価値観変わらなかった。それは今でもそう思っているからです。なかなか直せないんですね。私はどうしたらいいでしょう???私は…この社会になれなくて、しんでしまうでしょうか。
胡さんに対しても最近冷めた態度をとっています。彼はいつもバイクと車で自慢してばかりで、私のことに賛成しないし、彼は北川さんといたら、私は話さえできなくて、自分は彼より人間関係ができていないし、面白くないことが分かっていますが、どうしても妬いてしまうのです。自分でも話したいと思って、一生懸命話したことがありますが、どうも自分らしくなくて。いつも避けようと思いましたが、気持ちがもやもやしてすっきりになれない。私、ダメな子でしょうか。
長いメールで申し訳ございません!どうかここに居させてください。 兪子豊」
本音です。
人間は自分ができないことが評価されることに恐怖感を抱いています。
特に愛している人、尊敬している人に。
天井に取り付けたばかりのひもとフックを取り外したとき、泣いていた。
抑えきれない感情が私の中から湧き出し、我慢しても、我慢しても仕方がなかったわけだ。
もともと自分はこんな賢い考え方があって、電気代も使わずに、クーラーじゃなく自然の風で体を冷やせるとお母さんに見せたら、喜ばれるだろう。今はそんなことを話したら、悲しまれるだけだけどね。
私は今まで自分の犯罪の訳が分からなかったが、少しわかったような気がしてきた。
なぜお父さんが厳しい話をすると、涙が出てしまうか;なぜ辛くても、お金、ご飯を無駄にしたくないのか;なぜ勉強してなかった日に、自分をひどく責めるのか;なぜ人の目に気にしなくて、ダサい服を着ても、穴があいた靴下をはいても、屈辱に思わないのか;なぜずるをしてタイムカードを帰る時間より遅くおすのか;なぜ危険な状況に身をおいても、大胆でいられたのか;なぜ、人は私の才能を否定したときに、しにそうに苦しいのか。
すべてが読めた。
お母さんが私のための犠牲です。
お母さんは、自分のためにお金も使わなくて、布がダメになって、縫い繕うことができないまで着続けていた。お母さんは、シャレしたこともなくて、親戚から貰った香水、何十年たってもそのまま置いていた。自分が大事にしている玉のネックレスを私にくれて、「日本でお世話になった人に送って、私は使わないから」といった。トイレは自動に水が流れなくて、いつも隣で洗濯、洗面で使った汚い水をおいて、それでトイレを流していた。引っ越しも、独りで自転車で何十回も往復して、重い荷物を運んでいた。電車代使わなくて、いつも自転車で通勤していた。冬の大雪の時さえ。
私は塾で、成績が落ちたら、私を乗せて自転車に乗りながら、泣いていた。お父さんが私を叩いていたとき、お母さんは私を守って、お父さんとけんかしてから、ひとりで泣いていた。私は日本に行く前に、何か特技を勉強したいと、お母さんに連絡を頼んでいた。そして、また何日後聞いたら、お母さんはまだ見つかっていないと、そして私が怒っていた、なぜできないのかと。今考えたら、ひたすらわがままだった。しかしその時に、お母さんは泣き出した。「あなたのためになにもできなかった。私はだめなお母さんだ。ううう」私は呆れて唖然とした。こんなにお母さんが僕のことを愛してくれているのに、なぜ私はお母さんとけんかするのだと。二人で大泣きをしていた。その日、私は一生忘れないでしょう。
お母さんは、私を才能を認め続けていた。私がユニークであることをいつも認め、私は将来偉くなることを信じ続けていた。私がパソコンをいじると、お父さんに叱られるが、お母さんが背後で支持し続けていた。そして、私がいつも平安で、無事で、幸せな生活が送られると願い続けていた。
お母さんのことは、私しかわからないでしょう。いいや、私でも分かっていないはずだ。お母さんは、すべてを自分で担い、すべてをひとりで負い続けていた。
私はお母さん抜きで一人の人間になれない。私がやったすべてが、潜在意識的にお母さんを喜ばせ、お母さんの荷物を分担することだった。
私がほかの子より大人っぽいことと、パソコンが上手なことも、そこから来たのだ。
その私が、日本に来て、日本の社会に適することができる人間になろうとしている。
それは私のお母さんとのつながり、私の悪い習慣を切ろうをしている。
私は逃げようとしても、逃げられない運命であった。
6月22日 -豊通シスコム会社説明会、CH
夕方4時半から 豊通シスコム会社説明会、CH(スモールワールド・コーヒーアワー)=留学生相談室主催のイベントで
ゲームやお菓子パーティーを通して留学生と日本人の交流を果たす活動
夜は、日本のお母さんに、メールで、「無視するつもりですか」と怒鳴られ、
謝るあまりに、自分を分析し始め、23日の総合の分析の引き金となっていた。
私は確かに、みんなの役に立とうと思っているくせに、自分のことすらきちんと解決できていない。
そして、NPO=非営利の組織を作ったのに、いろいろ自分のための「営利」的なことをやってきている。まさに失敗する元である。
私は、素直にそれを受け入れることができずに、お母さんが大変怒っておられた。
自分が大人になったつもりだが、意識していないうち、まだ自分がお母さんの子供という潜在意識を持ちながら、「利益」をいつまでも奪おうとしている。
自分の時間を奪い、自分の彼女を奪い、自分の貴族気質を奪い、自分の幸せを奪ったわけだ。
残念なことだったが、自分で分かって、受け入れられることができて、
神様に感謝です☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆。
2007年6月21日木曜日
COLOR OF LIFE
| what is your secret?? #aabbcc #aacccc #ccaaff #99cc77 #77bbcc #779999 #ddaa77 #88dddd Tell that to the girl seated beside me |
経営学 レポート(組織が個人を抑圧する状況)
演習問題:
3.組織は個人を抑圧する存在である、という意見があります。この小の個人の自立性と現場の自己組織論の議論の下に、組織が抑圧の存在になってしまう状況とはどのようなものかを考えなさい。
| <個人の自律性> Concept. 経営と組織の中の出来事がさまざまな形で働きかけるとき、その人自身の心理から生まれてくる、心理的エネルギーが大きいことが、個人の自律性が大きいという。 Reason of existence. ①組織は分権せざるを得ない。→情報処理、意思決定、分けられた権利が自由度になる ②権限の分散があるばかりでなく、意思決定につながる情報処理も分散的に行われる。→情報処理が分権されて、コミュニケーションにより、「情報的相互作用」が起こる (タスクと情報の分散処理+ネットワーク化) Significance of existance. ①集められる情報を最も雑音なく有効に使える。 ②個人の自立性とイニシアチブの尊重により、心理的エネルギーに好影響する。 |
| <現場の自己組織化> Concept. 組織の中の人が、その人の周りの人々のとる行動に影響され、あるいは自分が周りの人々に影響を与え、現場でグループ行動が起こる。それは誘導されて起きることもあるが、自然に組織化することを、自己組織化現象という。 Reason of existence. 緊急な(市場、政策、取引,etc)変化に応対するのに、必然におきる;管理しきれない情報交換、コミュニケーションが必要となるときなど。 Significance of existance. 組織のヨコノつながり。創造的な仕事を遂行すること、グループへの適性を高めることに好影響を与える。 |
| <X理論とY理論--マグレガーの研究> X理論: ①人間は生来仕事が嫌いで、なろうことなら仕事はしたくないと思っている。 ②人間は、強制されたり、統制されたり、命令されたり、処罰するぞとおどざれたりしなければ十分な力を出さない。 ③人間は命令されるほうが好きで、責任を回避したら利、あまり野心を持たず、何よりもまず安全を望んでいる。 Y理論: ①仕事で心身を使うのは当たり前ののことであり、遊びや休憩の場合とかわりはしない。 ②人は進んで身を委ねた目標のためには自ら自分に鞭打って働く。 ③献身的に目標達成に尽くすかどうかは、それを達成して得る報酬しだいである。 ④人は条件次第では責任を引き受けるばかりか、自ら進んで責任をとろうとする。 ⑤企業の問題を解決しようと、比較的高度の想像力を駆使し、手練を尽くし、創意工夫を凝らす能力はたいていの人に備わっている。 ⑥現代の企業においては、日常、従業員の知的能力はほんの一部しか生かされていない。 現代社会では、Y理論を元にマネジメントを行うべきである。 |
--------------
さて、どういう場合に、組織が抑圧な存在になってしまうのでしょう?
個人の自律性は従業員の心理的エネルギーを高くしてくれる。責任分担とネットワーク化により、その人はその責任が自分にあることを自覚し、自分の目標と認識し、より大きな力を自ら注いで、企業の成長に貢献するでしょう。そして、周りの人とお互いの影響による現場の自己組織化により、より高度な協力とコミュニケーションが起こり、能率の向上につながるでしょう。
これはまさにマグレガーが主張するY理論の元に、人々が働く情報を示している。
しかし、X理論の元に、組織内の人々がどう考えるでしょうか。
組織内の個人がいつも命令され、失敗するときに処罰され、強制的な統制が強いられることを考えましょう。もちろん、その人は任務を自分がやりたいと思うことがないでしょう。やらなければ処罰される、下手すれば首にされることを怖がって、やらなければいけないと思うかもしれない。こうした考え方で仕事を進めるとき、責任を取ることはまずなくて、組織への貢献もあまり考えないことは明らかである。したがって、いつも要求される標準ぎりぎりで仕事を完成して、仕事をするとストレスがたまり、休暇とか気晴らしがなければ、能率がどんどん低くなるに違いない。
一番抑圧されるのは、その人の才能である。「高度の想像力を駆使し、手練を尽くし、創意工夫を凝らす」ことは強制的にやらされるときは発揮しにくいでしょう。創造的な仕事ほど、足かせになる。
つまり、組織内の統制は、誘導的であるべきで、個人の自律性と自己組織化を最大限に発揮できるようにしなければいけない。そうでない場合に、個人として、組織が抑圧的存在になる。自由度を与えないで、強制、命令、処罰でコントロールしようとする場合を指す。
6月21日 -研究室のセミナー、SS、
お昼は 家でご飯を食べて、昼寝をした
午後は 初めて美宅先生に、自分の大学院進学希望を話していた。「残念」と言われた。
夕方から SS(アルバイトの、学校のサブラボサービススタッフ)
木曜はいつも忙しい。
今週はなんかやる気が湧かない。
2007年6月20日水曜日
6月20日 -名大大学院入試願書受付(やめ)、勉強のやる気
名大大学院入試 筆記試験免除 前期課程 願書受付は今日だって言うのに、何もしてなかった。まあ、諦めることは先週決まったことだが、勉強もあまり進んでいなくて、やるべきことで、残ってやっていなくて、どうも気持ちがすっきりしない。
自分がしっかりしていないだろう。
勉強のやる気はなんだかなくて、自分が今やっている勉強が確かに大学院を受けさせることになるのか、心配だ。
そして、卒業に関しても、授業にしっかり出ていないこともあって、心配。
2007年6月19日火曜日
経営学 レポート(経営の働きかけ・比較)その2
演習問題:
2.続き
組織マネジメントというのは、「直接制御」ではなくて、「影響」である。
組織の中の人々が協力し、競争し、自己実現し、組織の中で満足しながら、会社の業績を高める行動をとらなければいけない。
1.戦略の決定は組織のマネジメントの第一歩である。戦略を伝えることで、目的を共通のすることにし、情報の認識を変え、思考様式を目的意識のある考え方にすることが可能である。そして戦略目標の高さより、情緒が高まり、意思決定と心理的エネルギーにいい影響を与えることができる。
2.経営システムは、会社の中の人々が実際に仕事をするときの仕組みであり、部下の心理や性癖を考慮しながら、巧みに設計して運用することが要求される。
3.理念と人による働きかけは、経営システムのハード的な働きかけと別に、人がらみのソフト的なにおいの強い働きかけである。人の心をあったかくし、文化として価値観に影響を与えて、組織への依頼性と信頼感を達成させる。その上、リーダー的な働きかけで、部下たちの人間関係を引っ張る。これは古来から経営の働きかけの中心であった。
<欠点について>
1.戦略で働きかける欠点は、すべての部下がそれを理解し、当事者意識を持って、会社の業績を高めさせることは期待し難い。働く意識を変えることは時間がかかる。
2.経営システム働きかける欠点は、組織をハードなものにし、働く意欲の引き出しは、人間のにおいがかけていて、部下の反発を招くこともありうるでしょう。
3.理念と人で働きかける欠点は、ソフトな働きかけで、部下が怠けたり、仕事の出来がよくなくなる。組織だけに依存して、責任を取らなくなる可能性がある点である。
6月19日 -SBD,JAPAN、CCDG1回目、ITSO会議3回目
午後から 学校で経営学の勉強
夕方から CCDG=1回目(Cross Culture Discussion Group)
夜から ITSO会議3回目
ITSO会議で、勉強会をやりました。
勉強会で、みんなが積極的に各人で調べてきた中国人材、日本での活用についての知識を勉強し、すごく楽しくて、勉強になったところだった。
夜の3時までやっていた。
風邪と用事で参加できない人は今度ぜひ参加してね。
まだ次回を計画中。そして、次のプロジェクトの企画中で動いている。
2007年6月18日月曜日
経営学 レポート(経営の働きかけ・比較)その1
演習問題:
2.経営の働きかけとしての、戦略、経営システム、理念と人、という3つの手段は、それぞれにどのような特徴や長所・短所があるだろうか?全体像を考えなさい。
戦略の 伝達 | 経営システム | 理念と 人 | ||||
組織構造 | インセンティブ | 計画とコントロール | 理念 | 人 | ||
| 目的 | ◎( 共有) | ◎( 役割) | △( 楽しむ) | ◎( 価値観) | △( 従順) | |
| 情報 | ◎( 認識) | ◎(コミュ、 役割) | ◎( 評価) | |||
| 思考 様式 | ◎( 価値観) | △( 役割) | △(チャレンジ―) | ◎( 注意の 焦点) | ◎( 企業文化) | |
| 感情 | △( 目標の 高さ) | ◎( 価値観) | △(ありすぎは 禁手) | △( 共有で) | ◎(カリスマ) | |
| ◎=影響あり | ||||||
| △= 条件付き | ||||||
| 自主性 | ◎ | ◎ | ◎ | |||
| 合理性 | ◎ | ◎ | ◎ | |||
| ◎=人を 働かせる | ||||||
| 速度 (速い) | ◎ | ◎ | ◎ | |||
| 有効性 | ◎ | ◎ | ◎ | | ||
| ◎=改善高い | ||||||
経営学 レポート(工場組織の構造)
演習問題:
1.経営の手段変数から個人の基礎要因への働きかけを経て個人の業務行動と学習へと至る長い影響の道のりを、ある工場のマネジメントを例にとって具体的に詳しく述べてみなさい。たとえば、工場長の取る経営の手段から生産現場の工員さんの行動と学習までを、工場長が決める工場組織の構造の具体的措置を出発点に考えてみなさい。
組織マネジメントの全体像:
┏━━━━ ━━━┓
┃ ・組織業績 ┃
┗━━━━ ━━━┛
↑
┏━━━━ ━━━┓
┃ ・業務行動 ┃
┃ ・学習 ┃
┗━━━━ ━━━┛
↑
┏━━━━ ━━━━┓
┃・意思決定 ┃
┃・心理的エネルギー┃
┗━━━━ ━━━━┛
↑
┏━━━━ ━━━┓
┃ ・目的 ┃
┃ ・情報 ┃
┃ ・思考様式 ┃
┃ ・感情 ┃
┗━━━━ ━━━┛
↑
┏━━━━ ━━━┓
┃ ・戦略 ┃
┃ ・経営システム ┃
┃ ・理念・人 ┃
┗━━━━ ━━━┛
------------------------
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ・戦略による働きかけ ┃
┃ 戦略の内容の明確な伝達は、部下の目的への影響というインパクトを持つ。┃
┃ さらに、戦略の伝達は、部下の情報の認識や思考様式にも影響を与える。┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
戦略:
サービス、製品、顧客、市場、システムなど
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ・経営システムによる働きかけ ┃
┃ 部下の心理や性癖を考慮に入れながら巧みに設計し運用することによって、┃
┃ 部下の4つの基礎要因に微妙な働き掛けができる。 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
経営システム:
組織構造
インセンティブシステム
計画とコントロールのシステム
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ・理念と人による働きかけ ┃
┃ リーダーに人々が付いていく現象を利用する、 →目的、感情 ┃
┃ 部下(人)を働きかける以前に経営側が選択する。 →合う人の選択 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
理念と人:
理念(目指すところ、組織文化)
人(属人的リーダーシップによる働きかけ; 部下の選別、育成、配置による働きかけ)
-------------------
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ・組織構造 ┃
┃ 人々の役割を決めるシステム。 役割意識→思考様式 ┃
┃ 組織内のコミュニケーションシステム。 情報伝達→情報、思考様式 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ・インセンティブシステム ┃
┃ 給料業績連動システム。 目的達成→感情、売上上昇目的内在化┃
┃ うれしくなる、いい思いをするシステム。 潜在(自己達成)目的→思考様式 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ・ 計画とコントロールのシステム ┃
┃ 業績測定システム。 評価、自己評価→(指摘の仕方による)感情 ┃
┃ フィードバックのシステム。 自ら計画、改善→思考様式 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
---------------------
工場の場合について議論しましょう。
工場で取る工場組織の構造の具体的措置は、
①役割分担を決めるシステムを決めること
②情報の伝達とコミュニケ―ションシステムを決めること
たとえば、役割分担システムは
①注文をとって、納期に間に合う生産の順番、速度を決め、管理し、生産技術を改善させる部門、
②注文に合わせて、製品をデザインするたり、新製品を開発する部門、
③デザインした図面に合わせて、生産工程を作成し生産者を配置する部門、
④生産の品質を確保し、悪い製品を取り除く部門
情報伝達システムは、
①注文の情報を素早く各部門に伝達する仕組み、
②生産過程で発生したトラブルを生産管理、品質管理、工程管理の責任者に伝わる仕組み、
③良品の生産率の低い場合、生産技術の改善、デザインの改善で応対するシステム、
④評価と改善の情報の伝達の仕組み
以上のように仮定します。
工場長はこうした仕組みを作って、それに合わせた人員の選別、配置を果たさなければいけない。
さて、部下の行動を見てみましょう。
Aが会社の中に入って、大学新卒で、経済学を勉強していた。
A自身はミクロ経済が好きで、工場の管理に興味を持っているそうだ。
一か月の研修を経て、HR部門のあっせんで、生産管理部門に配属された。
(目的、適性による組織構造(経営システム)の達成)→目的
Aがその役割を果たすために、一生懸命会社の製品の特徴、生産の長所と短所を勉強し、会社の顧客のニーズも先輩からいろいろ聞いた。
しばらくの事務仕事をしたら、Aが担当しているお客さんから注文が来た。
彼は先輩にいろいろ聞きながら、各部門に配る書類を作成し、その上、自分の仕事の進行度、及びこれからの取り組みを上司に伝えた。
(コミュニケーションシステムによる学習、現場の自己組織性)→情報、思考様式の学習;独立の信頼からもらったポジティブな感情
その上司が、報告とAの周りの人からの聞き込みより、Aにいろいろアドバイスをしていた。
Aがそのアドバイスにしたがって、翌週の仕事の計画を自ら進んだ。
(計画コントロールシステム、個人の自律性)→評価vsフィードバック、感情
週明けに、部門の責任者が会社の計画、目標、部門の目標を部下に伝え、先週の反省点と、優秀な成績を表彰する。Aが自分でも表彰されたいと思って、今週こそ頑張ろうと思った。
(インセンティブシステム、戦略とリーダーシップの働きかけ)→感情、思考様式、目的
Aの努力と周りの人との助け合いで、一つのプロジェクトが順調に終わった。
上司に褒められて、さらに周りの人と深いコミュニケーションができるようになった。
Aが何となくこの仕事を選んで、よかったと思い始めた。
(インセンティブシステムの働きかけ、業績を上げる潜在目的の育成)→感情、目的、情報
2番目のプロジェクトが会社にとって、もっと重要なものになった。
Aが信頼されると感じる一方、プレッシャーを感じた。
生産部門とのぎくしゃくが生じて、どうしても納期に間に合わない事態が生じてしまった。
Aが手に負えないので、上司に伝えて、生産の調整を行ってもらった。
工場長がそれを聞き、生産管理の人に、生産工程の勉強をさせ、部門間の新たなコミュニケーション機能を情報伝達システムに加えた。
Aが反省し、落ち込んでいたが、上司と相談してから、少しほっとした。
(計画とコントロールシステムの改善、インセンティブの働きかけ)→情報、思考様式、感情
Aがこのように、成長し続け、業績に合わせた給料をもらうような仕組みがとても気に入った。
挑戦し続け、将来企業の統括する人間になろうと思った。
(インセンティブシステム、業績を上げることを目的に)→目的、思考様式、感情
このように、Aが組織の中で、いろいろな決まった働き掛けの中に、成長していき、組織化され、
自分での意思決定、心理的なエネルギーを高め、業務行動と学習を自ら行うようになり、
結局、会社の業務実績につながり、Aと会社ともにハッピーな状況に導くことが可能になる。
-------------
これについて、工場長が作った「戦略」、「経営システム」、「理念・人」の働きかけがどれほど機能を発揮したかを評価しましょう。
工場長は自社製品を素早く、質高い製品をお客さんに届けるために、いろいろ工夫をした。
生産管理の人がいなければ、生産の進行度の把握、お客さんとの交渉が成り立たなくなる。
製品を企画、設計する人がいなければ、会社が成長しないばかりか、製品そのものが作れないことになる。そして、実際に生産する人、高い品質を保つために管理、監査する人も要る。
分業、部門化により、ノウハウの伝承、役割分担からの組織化(思考様式学習)ができる。
さらに情報伝達システムにより、仕事の間違ったやり方を直し、効率的なスケジュールを作らせる。
逆行の理念、戦略の伝達も、部下の共鳴を引き出し、仕事についての理解と目的意識を深める。
情報伝達により、仕事の熱意を引き出し、組織文化からの組織化(思考様式)を育成する。
こうした組織構造は、おもに部下の思考様式に働きかけ、「わが社らしき」行動をさせる。
その上、適した部門化は自己組織性を引き出し、感情に働きかける。
適したコミュニケーションの様式は、上司からの励ましになり、組織の改革及び活性化につながる。
こうした環境での業務と学習、加速化するに違いないでしょう。
失敗したシステムを作ったら、部門間、上司と部下の間、個人と会社の間、いろいろ噛み合わない事情が生じて、さらに素早くシステムを改善する努力が欠けていたら、効率の悪い作業はもちろん、最悪な場合、会社の名誉をなくす行動、組織を崩壊させる行動が社員の中に起きかねないのである。
しかし、改善はシステムが改善したらすぐ業務に反映するものではない。
長い道のり(→4要素→意思、心理→業務行動、学習→実績)なので、ひとつ欠けたら実績のトレンドが変わらないでしょう。
社員の素質と意思決定が実績を決めているのなら、社員を選抜し、育成し、そして感情に大きな寄与をするのは工場の組織構造といえよう。
すなわち、健全とした組織構造は、会社に長期的な影響を与えることになる。
社風、世評と同じ重要さであろう。
6月18日 -TOEFLの単位認定、経営学の勉強
これで少し、単位が落ちで卒業ができない心配が減っていた。
早めに出したらよかったね。(と後悔している)
経営を一日中勉強していた。
学校に行って、「久しぶりだな~」と言われた。
実は不愉快なことばだが、自分の操行の評価だから、仕方がない。
これから自分の専業に努力し、もっと優秀な人にならなければいけない。
覚悟ができていないのに、こう言う「努力する」と宣言したことがしばしばあったが、意識次第だね。
せっせと勉強しないといけないと思っていた。
(実は、これは26日の夜に書いた物だ。一週間も日誌を怠けた。落ち込んだからか)
2007年6月17日日曜日
6月17日 -「世界で進む、アメリカ離れ」講演会
ラテンアメリカの政治話ばかりしていましたが、21世紀の「社会主義」を作りたい国が多いことがわかりました。
知っていたら、少し心配してきました。
私の勉強している知識がまた政治が変わることで、使えなくなるのではないでしょうか?
民主的に管理した市場経済、生産、分配。こうなったら、どうなるだろう。
いろいろわからないことがありました。
その副理事長はとても知識深い人でした。
アメリカとの外交はややこしいものですね。
6月16日 -サッカー+温泉+ハンバーグ
とても幸せでした。お酒は飲んでいないけど、脳がとても興奮していました。
体が幸せだと、心も幸せになりますね。
柴田さん、張さん、鈴木さんに感謝しています。
こんな人生がいつまでも送られることを願っています。
ほかの人も、こんなに幸せになれることを願っています。
6月15日 -勉強に集中する
残りの時間はわずかです。
学校の単位もとらなければいけないし、英語の勉強、経営の勉強、論文の書き方の勉強など、毎日の時間が足りません。
週に3章の「経営学入門」を読まないといけません。
Harvard Business Reviewを2年分読むなら、2,3日で1冊を読み終えないといけません。
Toeflを受ける時間もなくなりました。
目的意識がはっきりしなかった私は、これからはまさに
「すべてを失っても」頑張りたいと思っています。
6月14日 -名古屋証券取引所見学+飲み会
名古屋証券取引所の中はとても豪華で、古い建築物なりの重さが感じられます。
そして高松専務の話、わかりやすかったです。
日本の金融、株、お金の流れなど、大変勉強になりました。
名古屋証券取引所の歴史だけみても、この何年間世界の変化に(電子化など)唖然します。
飲み会の時、男性5人、女性9人の態勢でした。
本当に女性の経営者の素晴らしさに圧倒されました。
きれいで、若くて、堂々としてみんなの前で自分の意見が言えて、事業も成功させた人々です。
私も頑張らないといけないと思いました。
6月13日 -「愛知ネット」右腕会議
「若者と中小企業とのネットワーク構築事業(「オレ、取締役。」プロジェクト)」の議論をしました。
私は「企業探検隊PJT」を担当していて、今度名大の学内新聞と、学生記者サークルを探さなければいけないことになりました。
要するに、学生のマーケティングです。
私がその時に考えました。学生が毎日接するのは、限られています。
①学校
1先生
2授業が同じ人(同級生)
3食堂
4掲示板
②友達、サークル
③インターネット
1SNS
2チャット
3検索
④寮
⑤アルバイトの店
⑥塾、資格、免許
⑦通学の道
以上
宣伝はそんなに大変ではありません。
しかし、やっぱり口コミが一番効果があると思います。
その理由は、紹介(いう人の重み)にあります。
人間関係と、社会参加の需要があり、さらに友達から誘われることで、行かない理由がなくなります。
そのために、私は機能するサークル連盟見たいなものを作り、社会活動、人材育成、調査分析などに貢献できます。
すでにその日に、戸田さんから承諾を受けまして、留学生(ITSO会員)が、勉強会と企業見学会に参加することに問題がないといわれました。
積極的に計画をして、日本と中国のビジネスの専門家になりましょう。
2007年6月16日土曜日
6月12日 -大学院志向
とても感動した上に、自分の物足りなさに気付きました。
「今4年生?」「もう就職決まった?」と聞かれました。
そして、企業の面接で2社に拒否されたことを思い出します。
「すみません。弊社のインターンの受け入れはまだ1年目で、留学生受け入れの体制が整っていなくて…」
「うちは学部3年生と、大学院1年生しか受け入れられないです。せっかく来ていただいて…」
私は、自分のむなしさに悔しくなりました。
大学4年間、あっという間に過ぎてしまいます。勉強になったこと、成長したこと、自己反省、自己肯定もたくさんありました。しかし、将来の夢に対する固い信念と自己管理の弱さが対立しつつある状況が続き、自信をなくす一方でした。自分が毎日何をやっているか、問いかかってくることもすくなくありませんでした。
私は日本に来て、いろんなことを始めてやりました。着たばかりの時、京都ガイドクラブに参加し、京都の町を習い、外国人に説明していました。みんながまだ寮の中で、徹夜パソコンゲームをやっているころ、私はボランティアを始めました。そして、大学に入って、留学生会、中国人学友会、留学生サークルなどに参加し、活動の企画、運営に参加しました。大学と日中友好協会の活動などはあれば参加する原則でした。愛知万博もあって、この3年間、活動はいつも積極的に取り込んで、ホームステイ9回、JASSO、UNCRDのスタディキャンプ、名古屋から神戸までの自転車の旅、各種の講演会、企業見学、日本文化体験をしてきました。
私の「活動歴」を見たらわかるように、ボランティアはいくつかの団体に入ったことがあり、続いてやってきました。就職のための企業合同説明会は1年生の時から参加し、それからもずっと日本で仕事をするのに、必要なことを探してきました。インターンシップも2年生の時からやり、3年終わるころに、すでに6つの経験を積みました。
今年、NPO団体を作り、留学生の支援を始めました。
しかし、学校と仕事、勉強と経験、いつも経験のほうを重視してきましたが、3年生の時にまだ、「今年こそしっかり勉強しようぜ」とか言えて、のんびりした気持ちだったけど、いざ4年生になると、プレッシャーが一気に高まり、これからを選択する緊急事態が突然たどり着いたような感じでした。
いつも両立しようと、自分の能力を過大評価しがちで、また自己管理と時間の正しい評価(計画)をしっかりしなかったため、少し手に負えないような感じがします。
朝起きたら、少しずつ夢を達成しようとする努力はこれまでしてこなかったことに気付きました。
逃げ回って、「文系が独学でもできるでしょ」とか考えながら、理系も文系も実際に勉強するにはわずかな時間しか使いませんでした。
逃げる道があるから、努力が甘かったことは確かです。私はもうこれから、ひたすら自分の夢に向かって進むことしか考えたくありません!
すなわち、名大の大学院試験、放棄します。
「将来の研究計画」に嘘をついたくありませんし。
一橋大学のMBAを受からなければいけないようにします。
2007年6月12日火曜日
6月11日 -「インターンに行ってみよう」名古屋
友達も結構いまして、楽しく企業の方の人たちと話したりしました。
愛経協の皆さんも久しぶりに会いまして、みんながとても親切だったので、うちに帰った感じがしました。
インターンをしていたシンテックホズミの村山さんとこの間会った宝石油機工の山内取締役ともお目にかかって、親切に挨拶してくださいました。
そして今日は、NEC、SBDジャパン、壱番屋、ナガラ、前田工業5社の話を聞きました。
話を聞いたあと、牧野さんの紹介で、CBCの肥田さんとクレース・プランナーズ社長の正門さんと話をしました。
留学生なので、日本人から見るといろいろ気持ちが複雑なのかもしれません。
その中の目的、気持ち、人間関係はよくわかりませんが、ひとつ勉強になったことは、誰からしゃべってきても、テンション高く返事し、相手のことをお世辞ではなくて、興味を持って聞いて、相手のいいところを認めることがとても大切に思いました。
人が人へとつながって、世界が広がることが私の心を広げてくれました。
2007年6月11日月曜日
6月9日 -貧困関係集会
日本でも、貧困の人々がいることを知って、少し不思議に思いました。
日本は平均的な人々が多くいることが知ったところと同じように、なぜそうなったかはわかりませんでした。
不思議な国に、不思議な人々がまた貧困から脱出するために、人々を呼び掛けています。
これを見たら、なんだか哀れな気分になりました。
いくら努力しても、変えられない景況があることを知って、私の信念も揺らぎました。
富を築いた人と、富から遠ざかっている人々と、生存の意味から、何が違うのだろうか?
本当に楽しく生きられるのなら、いいのでしょうか?
欲望って、育てるほうがよいか、なくすほうがよいのか。
社会が一番望ましいあり方って、何だろうか。
宇宙の中で、一瞬に消える我々は、どうもこの何千年の間で、文明を築き、社会を発展させ、
分業し、専門化し、人の中に類と階級を作り、今になってまた、階級をなくそうとする動きが出ました。
私より若きでいながら、経験と富を築いた人々を見たら、悔しくて、うらやましくて。
私は、この社会の中に、なにになるのでしょうか?
自分の生活しか考ないと、貧乏と不幸と戦う人になってしまいます。
みんなの生活を考えると、Societyの貧困と権力の闘争の前線に立つ人になってしまいます。
世界の未来を考えるなら、みんなに夢を与えて、知識を伝えて、自分を犠牲するまで、みんなの力になり続けるひとになります。
なるほど、と私が自分の言葉に納得。
人間は神ではありません。しかしある品格を持っていることで、神と認められることがありえます。
自分がどんな景況にあれ、聖なる考え続けると、尊敬できる人間になれます。
自分がいま、手に入れていない富など、自分のいる状況など、幸せでないなど、考える必要がなくなります。
仏教の、「静で動を制する」ことは、いつも変わらない自分の原則であり続けることで、
自分の品格を高め、優雅な人生が送られるようになることではないでしょうか?
6月8,9,10日 -友達とワイワイ
6月9日、名大祭の餃子の店、サッカー
6月10日、研究室公開、餃子の店の打ち上げ会
楽しかったです。
8日 バスケ仲間、育才学校の先輩と後輩と
9日 サッカー仲間、名大大学院の先輩達と
10日 名古屋地域留学生学友会の先輩たち、
名大から卒業、就職して、また遊びに帰ってきた先輩達と
久しぶりに、会いました。
10日の夜徹夜カラオケに行きました。
ワイワイして疲れましたが、いろいろまた経験になった気がしてきて、
人間関係は楽しめることが意識していませんでした。
コツなどが見えてくると、なれてきたことはいえるでしょう。
まだまだ人付き合いがうまくないが(特に女性と)、人柄と人格に少しコツがあれば、いいわけですね。
声が出なくなるまで歌を歌ったことが、まだコツがわからないことだけど、
私はこの間、インターネットで「漢力テスト」の遊びで診断してもらったけど、
勇があって、無謀であることが示されたわけです。
歌が上手になるために、練習が必要だが、コツがわからないまま歌ったら、
傷ついて、恥をかくことになかねないからね。
2007年6月9日土曜日
2007年6月8日金曜日
6月7日 -発想「インターンの考え」
我々は、日本の企業にとって魅力があるから、雇われることにならなければいけないと思います。
経産省が留学生インターンを進めてきたし、日本における高度人材ネットワークの構築、留学生を増やすアジアゲートウェイ構築もさらに、私たちの事業を後押ししてくれます。
こういう状況の中で、我々も、自ら自分を売りに行かなければいけないのです。
私は、スタッフのみんなに、インターンをやって、会社に価値のある人間であることを認めてもらうのです。
早速、インターン企業説明会の案内です。
主催 愛経協
6月11日(月) 17:00~20:00
名古屋商工会議所ビル2階ホール
時間がある人は行ってみてください。
6月7日 -「ITSO勉強会分担」
李 留学生(学部、大学院)就職活動の進み方、就職の難しさ、就職先など、および実績
朱 企業の選択、就職の流れ、面接、内定など(PS李と協力できたら嬉しいです。)
尹 どんな企業が中国人をほしがるか、企業のリスト、およびその理由
胡 日本の企業がどんな能力のある中国人をほしがるのか、能力のリスト、およびその理由
熊澤 中国の環境マネジメント関係
柴田 まだ決まっていないが、中国と関連のあるもの(PS愛華のノウハウをまとめたら?助かります)
張 日本企業の中国進出状況、特に大連における日本企業、データ、およびなぜ大連なのか
高 日本企業の中国における状況、売上、シェア、など
曲 日本語学校の学生が日本に来て、一番知りたい情報のまとめと、トラブルが生じるところ(リスト)
方 日本における派遣に関する法律、および留学生への適用
19日の午後に、豊成団地で発表するよう、お願いします。
詳しいほどいいです。最低限、3つ重要なPOINTを示してください!
その日に都合が悪い人は、17日までに、メールで
ITSO-staff#googlegroups.com流してください。
よろしく。
6月7日 -「ITSO首脳会談」名古屋大学IB館
我々は:
参加会員を増やし、イベントの参加率を高めることを図る組織を作る。
それは、テーマ別でグループ分け(サークル)を作って、勉強してもらう。
(愛華クラブのような組織)
売りは、「中国、日本の文化、ビジネスに詳しい人の集まり」ということです。
この人たちと友達になりたいひと、協力したい人たちは、連絡してくるでしょう。
---------------
そして、問題発見:
問題は、
①学生が卒業しいなくなること→受け継ぐことのできるシステム
②学生が勉強のことで忙しい→我々の優れる点を認識させる工夫
集める対象は、グローバルビジネスで活躍したい人々、ということです。
一歩進んで、その人々がまた技術者のネットワークなどを作って、発展させることができましょう。
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OB,OG交流会というのは、まず潜在顧客募集の上(愛華のような、語学が先輩の助けで上達したい人を募集する)、企業と連携して、やりましょう。
2007年6月7日木曜日
6月6日 -「オーバービさんの講演会」名古屋大学法学部
さすがにオーバービ博士、講演は素晴らしかったです。
憲法9条の改悪を阻止するために、努力している人々を見て、素晴らしく思いました。
今日些細なカンパを袋に入れました。
私も9条を守るために、他の国で9条を作るために、がんばりたいと思います。
たとえば、中国で平和を宣伝したり…
その後、南山大学の二人の子とラーメンを食べました。
いい出会いでした。また会えたらと思います。
6月6日 -「愛知ネット」会議
愛知ネットは新安城にあって、学校から電車で乗り換えも入れて1時間強かかります。
今日は若者発掘プロジェクト、企業発掘プロジェクトの議論でした。
ちんぷんかんぷんでしたので、聞いても、中身まではわかりませんでした。
プロジェクト全体は、私のやりたいことと結構似ていますので、インターンで鍛えられたらと思いました。
会議のあと、少しITSOの営業もしました。
2007年6月5日火曜日
6月5日 -「インターンに行ってみよう」三河
「インターンに行ってみよう」~君を成長させる機会が待っている
~インターンシップ受け入れ企業 合同説明会
に参加しました。
Rough Dessin, People Staff, Inter pres, Takara oil& machinery, attax group, などの企業の人とあって、そして、久しぶりに、愛経協の牧野さんと三船さんと会いました。
とてもいい話がいろいろ出来て、友達をいっぱいインターンに誘おうと思いました。
6月4日 -ITSO副委員長 李の誕生日
李の24番目の誕生日を迎えました。
彼は私と同じ高校を卒業し、京都の同じ日本語学校に入り、
彼は私より一年年上で、日本に来るのも一年早いけど、
名古屋大学に入学したのは同じ年でした。
そしたら、彼は私と同じ学科を希望し、2年生の時にまた同じコースに入って、
私の学校での一番の親友です。学校にいるときはいつも二人が一緒でした。
月日が経て、4年生になった私たちは違う研究室に配属しましたが、
私がこの留学生支援のNPOを一番力を出して、支持してくれたのはまた彼でした。
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誕生日のパーティーを企画して、喜んでもらうと思いました。
李、方(私の新しいチューター)、胡と私4人でやっていました。
5年ぶりの誕生日だと言って、喜んでくれました。
写真は撮り忘れたけど、喜んでくれて、私もうれしかったです。
みんなが彼に買ったノートにも、彼は喜んで受け取りました。
初めて企画したバースディーパーティーだけど、成功ました。
2007年6月3日日曜日
6月3日 -ITSO首脳会談
(とても大きなうちで、場所もすばらしい団地でした。)
会議は予想の議題について、話しました。
まずは、これからのITSOの将来像について、何のことを一番に置くかは焦点でした。
非営利のNPOが人材ビジネスをすることのある不自然さから、人材ビジネスの優れたサービスの提供の難しさを解決しなければいけなかったです。
私は、みんなにITSOの将来のことの予想図を書いて、説明しました。
(MINDMAPはあとで乗せます→機密)
今のITSOで実現したい目標は、
①中国人の就職のことについて専門家になること
②日本の企業の外国人就職環境について専門家になること
③中国のビジネス環境、各業種について専門家になること
④日本のビジネス環境、各業種について専門家になること
⑤留学生のネットワークを構築するし、ヘッドメンバーを把握し、コミュニティを作成させること
⑥日本の企業のほしい人材を育てられるティーチングシステム
近い将来の目標は、
①学生を集めるノウハウ
②企業を集めるノウハウ
③日本の企業と学生のマッチングのノウハウ
④学生の社会参画の促進
⑤日本社会の多文化理解の促進
⑥友人を通しての、留学生の情報ネットワーク
⑦留学生の人材派遣事業の創立
もっと先の目標は:
①日本人の中国派遣&能力育成
②中国人の日本派遣&能力育成
③日本進出コンサルティング
④中国進出コンサルティング
⑤学生の社会貢献
⑥ノウハウを使った、総合的留学生の就職支援
⑦総合的な留学生生活支援
以上、事業の予想図でした。
私の夢 -企業家になりたい理由
昼間でも、私は夢を見ます。その夢の中に、私は大きな古典的な大きなホールの中で、金色の帯がついている立派な夜会服を着て、私が愛している豪華なドレスを着ている女性と、ダンスをしています。
このパーティーに来ている人は、軍事、政治、学界、金融界、各業界の要人であり、私の友人です。一面の壁に、私の栄誉と品格の証が掲げられています。いいや、そのホール、その宮殿そのものが、私の象徴となっています。
世界を動かす力を持ち、同時に、優しい心を持っている紳士です。これを、50代になる前に、手に入れたい。
これを実現するために、その世界を動かすオーラに覆われる人になるために私は商業の道を選びました。ヘンリー・フォード、ビル・ゲイツなどは私の憧れです。私は、どんな苦労をしても、今もっているすべてのものをなくしても、その夢を現実の手で握りたいです。
BLOGNEWS -(K)留学生 就職(2)
日本で働きたい外国人のあなたへ。就職情報、求人情報はもちろん、就職活動に有利な資格や先輩の声など、様々な情報を提供します。 |
| 日本語教師 |
だから日本語教師はやめられない
http://asia.yoka-yoka.jp/e37150.html
★留学生インターンシップ関連セミナー(企画案)
「アジアビジネスと留学生の活躍」
特定非営利活動法人福岡留学生支援会議
http://www.waiwaiclub.com/shien
http://web-hr.net/2007/04/post_127.html
リクルートエージェントが新卒留学生の就職支援を開始!
http://tenshokumensetsu.seesaa.net/article/40154882.html
新卒留学生に特化した人材紹介を始めるのは大手で初めて。
2008年春の入社で100人の契約成立を目指す。
企業側にもメリット。
というのは、企業が海外の学生にアプローチするためには、
大きなコストがかかるからです。
例えば、海外でセミナーを1回開くための人件費は、
約1000万円かかるそうです。
これでは、頻繁にセミナーを開くことができません。
つまり、企業側としては、海外の学生にアプローチしてくても、
それだけの機会を提供することができなかったわけです。
今回のリクルートエージェントのサービスは、
留学生一人が入社するごとに手数料を108万円支払うというもの。
海外のセミナー開催などを考えると、かなり手ごろな値段です。
http://ameblo.jp/ami5/entry-10033909641.html
まだまだ留学生を受け入れる企業は少なく、これからも苦戦する日々が続くだろうなと思ったけれど、その学生には言わず、ただ内定をもらえるためにアドバイスをしていった。
留学生が日本に残りたい理由は・・・彼女に、1部分の留学生の用に理由がなく日本に残るようなことがないように説明をした。
受かって欲しい。切実に思った。
この留学生は、向上心が非常に強く、やる気が感じられる学生だったから、多分、企業でも役に立つ仕事をてくれる思う。
BLOGNEWS -(K)留学生 就職(1)
2008年3月卒業予定外国人留学生就職ガイダンス(東京)
http://blc.jugem.cc/?eid=260
【組織】
東京外国人雇用サービスセンター
〒160-8489 東京都新宿区歌舞伎町2-42-10 ハローワーク新宿3階
TEL:03‐3204‐8609 FAX:03‐3204‐8619
http://www.tfemploy.go.jp/index.html
・日時:2007年5月26日(土)12:00~
・場所:すみだ産業会館「サンライズホール」(JR線&半増門線「錦糸町駅」下車)
■大阪フォーラム
・日時:2007年6月17日(日)12:00~
・場所:ナンバプレイス「nambaPLACE7」(地下鉄「なんば駅」下車)
■第2回東京フォーラム
参加企業が一定数に至った場合、2007年10月頃に開催いたします。
(現時点での開催は未定です。)
決まり次第HPに詳細を掲載いたします。
【組織】特定非営利活動法人 国際留学生協会
〒102-0093東京都千代田区平河町1-5-6平河町SDビル4F
TEL:03-3239-0663 FAX:03-3239-0664
E-mail:kokusai@ifsa.jp
http://www.ifsa.jp/
留学生新聞(2007.05.17)
経済産業省では「日本企業における外国人留学生の就業促進に関する調査研究書」をまとめ公表した。文部科学省と連携し、留学生に対し人材育成から就職支援 までパッケージで支援を行う「アジア人財資金構想」の実施に先駆けおこなったもので、上場企業3500社に対し調査している。それによれば新卒採用でグ ローバル人材の獲得を考えている企業が全体の72%を占め、「日本に留学し大学等を卒業した外国人」の採用を想定している企業も37%に及んだ。
国としての新たな留学生受け入れ目標などを議論している教育再生会議が、先に「100万人計画」などを議題とした際(第9回/第10回)の教育再生分科会 の議事概要が明らかになった。それによると川勝平太委員(国際日本文化研究センター)が「大学生の4人に1人が外国人」という将来像を視野に入れ、「留学 生100万人、国籍は数十カ国、予算はGDPの1%以上」という数値目標を会議の中で提案していたことがわかった。これに対し複数の委員が、留学生を増や すこと自体には賛成したものの、「実際に進めるには受け入れ態勢の整備が必要(中嶋嶺雄委員)」、「ビジョンとプロセスは分けて考えるべき(小宮山宏委 員)」など慎重に対応すべきとする意見を提起しており、「100万人」という数値目標が最終報告に盛り込まれるかどうか、微妙な情勢だ。
日本留学をめぐる課題については(1)渡日前の留学決定などの入試システム改革と、日本留学試験の効果的な活用(2)単位互換やカリキュラムの国際コー ド化、英語教育の充実、9月入学の普及など、国際標準に合わせたシステムづくり(3)留学生の受け入れを前提とした生活環境・街づくりの3点が、主要な論 点として出されている模様だ。教育再生会議では安部内閣の重要課題を盛り込む「骨太の方針」への反映を想定し、今月末にも第2次報告をとりまとめる予定 だ。
・主催 日本学生支援機構東京日本語教育センター
・日時 6月23日(土)13時45分~17時30分
*混雑緩和のため、入場時間については要事前連絡
・場所 東京国際交流館 プラザ平成(3F)
新交通ゆりかもめ「船の科学館駅」徒歩5分
詳細 http://www.jasso.go.jp/tokyo/guidance_fair.html
日本留学情報データベースサイト
日本財団助成
http://www.jpss.jp/
(財)アジア学生文化協会
〒113-8642 東京都文京区本駒込2-12-13
TEL:03-3946-4121 FAX:03-3946-7599 お問合せ
http://www.abk.or.jp/
第2回日中友好公演「笑語歓歌」のご案内(留学生新聞社後援)
『留学生新聞』チケット予約係
TEL:03-5458-4173
FAX:03-5458-4175
E-mail:mc@mediachina.co.jp
6月3日の議題(企画) -兪子豊発言(memo)
スタッフ向け-
中国文化に関する学習会(面白い話題を含む:映画、テレビ、スポーツ、流行)
中国ビジネスに関する学習会(ビジネス環境、ビジネスネタ)
日本企業学習会(中国進出を含め)
日本文化学習会(文化の差、非常識を含む)
日本の留学事情に関する学習会(就職事業を含め)
社会ネタ、ニュース勉強会(通信教育?)
会社訪問、①調査、②PR、③説得、協力関係
Marketing(知らない学生を集める)練習
ニュース発信(役立つ情報)
説得練習(弁論会?)
独立(自分のコミュニティー)報告
スタッフ能力向け-
①Paper work-資料作成、報告連絡相談の仕方(分りやすい資料作成、報連相の時期)
学習会の時、資料&発表&連絡、報告
②Discussion-議論の進め方、進行係(テンション作り、話題作り)
社会ネタ勉強会(通信教育?)
学習会の時、司会&楽しくやれるように気を配る
③Make your point-意見をまとめる能力(はっきり自分の意見を言う、そのいいところと悪いところ)
ニュース、参加したセミナーなどをまとめる、他の人に説明
④Promotion-プレゼン能力、説得能力(相手に自分のことを紹介する能力)
議論の最初に、自分のPOINTをはっきりする練習
⑤Ask&Understand-調査能力(企業、日本人学生の実情)
企業訪問、学生取材、友達アンケートなど
⑥Leadership-部下を協力させる能力(相手がやりたいと思わせるほどの人を動かすスキル)
情報伝達&トラブル処理&企画力の練習
一般向け-
説明会?
OB,OG交流会
育才のネットワーク(同窓会)
各大学ネットワーク(サークル) -集まる目的は?
WEB配信事業
合コン事業
就職支援事業
日本語Ex事業
あそぼー事業
Or 勉強会?
Or 会員参加?
6月1日 -卒業生の連絡
私が知っている人朱暁東、李彦楽、呉海洲、金海松などが就職していた。経験があるから、その4人に話して、就職の経験を教えていただくことができるかもしれない。
OB,OG交流会は本当の卒業生と在学生の交流に変化させようか?
6月2日 -はじめての正式ITSO首脳会議企画
明日(6月3日-日)と4日後(6月7日-木)の二日で、会議をやります。
明日は尹と胡のうちで、朝の10時半からやる予定です。
7日は>
午後2時、名古屋大学のIB電子情報館中棟、IBカフェの前集合です。
議題: ITSOの将来 新しい企画
http://groups.google.com/group/ITSO-staff/browse_thread/thread/ab0b3a2e1407f437/c747efb52afe23eb#c747efb52afe23eb
6月2日 -リーダーシップについての勉強
その本は、リーダーシップについてのHarvard Uni., ハーバード大学のMBAの論文集だったのです。
一番目の論文は、マネジャーについての論説の古典的考え方(計画、組織化、調節、管理)を裏返したものでした。
簡単に言いますと、
①マネジャーは計画的に考えているわけではなく、毎日のやる作業中でアイディアを考えている
②マネジャーは専門職ではなくて、彼らしかアクセスできない情報とゴシップなどをあっせんする
③マネジャーは会社外人と付き合う時間は仕事の時間の半分くらいで、上司との時間はわずか10%位
④マネジャーは自分が自由に支配できる30分の時間が平均二日で1回(トラブル解決)
⑤予想外ことを解決することは沢山だが、もっと大きい時間配分はルーティンの仕事である(人間関係)
⑥MIS(経情)システムに頼らない、自分の知りあえることで、情報のシステムになる。(看板)
⑦マネジャーのあやふやな任務連絡が権力配分のジレンマになりかねない。
(ただし、全部の情報システムがマネジャーにあると、その人が辞めるときは困る→文字化、伝達)
⑧マネジャーは言語メディア、すなわち、電話と会議を重視する
ほんの中の関係図を見ると、マネジャーは彼らなりの権力と地位を利用し、
①彼らがしか持っていないネットワークで、手に入らない情報を入手、部下に伝達し、
②彼らにしか調節できない経営資源、時間配分を調節し、
③彼らにしか管理できない部下か、社外とのトラブルを解決し、
④彼らがしかアクセスできない経営資源を基に、意志決定をする。
私は自分でたぶんわからないと思ったのは、トップの人が重視しているのは、自分の頭の中の情報システムだった。いつも頭の中に一番新しい情報がなければいけなかったことでした。
2007年5月31日木曜日
私はどんな人 -趣味、個性、思想編
趣味: 探検、冒険、推理、歌う踊る、テニス、雑談、想像を与える文学&映画、社会活動
娯楽: 映画鑑賞 旅行 小説 ゲーム
特技: パソコントラブル解決 プログラミング グラフィックデザイン 簡単な絵描き イベント企画、運営 雰囲気作り
熱中していること: NPO の立ち上げ 経営 金融 日本社会 人間の思考、進化など
スポーツ: サッカー テニス バスケ ジョギング トレーニング
活動: 平和活動 学生活動 留学生、グローバル化関連活動 私が企画する活動
本: 7つの習慣 経営学入門 生化学入門 Encyclopedias
雑誌、新聞: 東洋経済 中央公論 日本経済新聞
音楽: SoftRock Dance(Hiphop) Classic(Piano,Violin)
テレビ番組: あまり見ません NHKスペシャルがお気に入り 10時のニュースも
映画:
料理: Chinese Italian Japanese Love meat, chicken, fish, sweets, fruits.
自称: 海辺に立つ男♂
理想のタイプ: 上品で知的 ほかの人の目に気にせずに努力する 時々甘えたりする 悩み話にアドバイスではなくて、ただ聞いてくれる トラブルがあったら躊躇い持たずにWinwinの相談に乗ってくる
私の第一印象: フレンドリー,紳士
身長: 180 センチ
瞳の色: 黒色
髪の色: 黒色
体型: 細身
外見: 美人/ハンサム
チャーム ポイント: 目
理想的な最初のデート: 大都市の海辺の高層ビルの上 ダンスができて、夜景が見れる、 高級な料理に、花とキャンドルとバイオリン
主義、信条: 自分の努力
尊敬する人: 自分のお父さん 自分のお母さん 北川澄子(北川アパートの大家) 佐伯さん(金持ち父さん) ヘンリー・フォード
自分の長所: 自分の才能、努力を信じる 夢をあきらめたことがない 信じることをやりとおす 早く上達したい(勉強熱心) 世界の美しさを感じることで幸せになる 興味のある分野が広い 自分の身は自分で守る
自分の短所: 他人のために自分の利益の喪失を惜しむ 空想家 頑固で、自己主張が強い 気が短い 感情的ところが多い 中途半端 防衛的になりやすい
夢: 健康な心身 貴族 経済界のリーダー 指動かして、何十億が動く世界 愛しあう妻 豪邸に香車 家族和やか 信じあう友達
過去の付き合いから学んだこと: いろいろな人は付き合う時に違う付き合い方を選ばないといけない 自己主張しすぎると人から嫌がられる 何かを選ぶと、何かを失う 強いてやったり、極端を極めたりすると逆効果 人生は波
人生に欠かせない 5 つのもの: 健康な心身 ボランティア精神 仕事を愛する心 人を愛する勇気 自分をえらくするのではなく、ほかの人の偉いところから学ぶ態度
寝室にあるもの: ベッド 本棚 パソコン 電灯 猫
5年後の自分は: 洞察力のついている、センスの素晴らしいリーダー いくつかの収入源を持って、すべての能力の分野で自分を鍛えている。 立派なお家を持って、立派な車を持っている。 体の素質も無敵で、思想もしっかりしている。 なんの分野でも知識があって、誰とでも仲良くWin-Winの関係を作られる。 個人修養と包容力が人よりずっと素晴らしい。 愛と夢でしっかりと一歩一歩踏み出している。
私はどんな人 -活動編
学科コンテストで色々な賞をもらった。
暇なときに、水彩画、声楽とスケートを勉強した。
中学校時代は、物理学科代表として勤めて、
学科のコンテストで、数学と物理の1等賞を獲得した。
独学でプログラミングの勉強を始めた。
高校時代は、クラスの物理学科代表として勤めて、
クラスのサッカーチームに参加し、DFとして活躍した。
そして学校の運動会で、2000年に3000mレースの6位、2002年に2位だった。
学校の冬季マラソンで、12番目だった。
グラフィックデザインとHP作りとハッカーの知識を独学で勉強した。
日本に来る直前、Hiphopダンスとテニスをクラブで1期勉強した(2週間ずつ)
大学に入って、名古屋地域中国人学友会幹事、
留学生バスケットチームと留学生サッカーチームの両方に入った。
2006年夏、友達3人で、日中友好をアピールするため、名古屋から神戸へ自転車で行った。
2007年、NIBGとITSOを設立。
私の活動は、日本に来たこの何年間、急激に活発化した。
履歴書http://spreadsheets.google.com/ccc?key=pHAPgH78ilTTxeHSSfMJRPw
日本に来て3年間半、アルバイトは11個、インターンシップを6個、ボランティア活動をするのに20ほどの団体に参加したことがあり、企業見学、就職セミナー、会社の人と話をするチャンスを逃さなかった。
そして文化交流、学生団体、日本の政治と平和と環境などのいろいろな面白い企画に参加てきた。
たとえば、ホームステイは8回、サッカー、バスケのサークル、愛知留学生会、名大のACE、NUFSA、留学生相談室、留学生センターの活動を積極に参加し、JASSO(日本学生支援機構)、UNCRD(国連地域開発センター)、LEOCLUB(ライオンズクラブの青年組織)とFSEA(留学生スポーツ交流協会)のキャンプに参加し、いい友達を作って、いい思い出を残していた。
今年から、自分でイベントの企画に切り替え、動き出した。
NIBG(名古屋国際ビジネスミーティンググループ)とITSO(NPO 国際人材支援機構)http://jp-itso.comの設立、名大の学生の花見、バーベキュー、日本生活セミナーも一回ずつこの春にやりました。将来留学生の間のネットワークを作れたらと夢見ています。
これからの計画として、30まで尊敬できる人になり、大規模投資ができるようになりたい。
そして、40までに、社会貢献できる人になり、すばらしいお家と時間の自由がほしい。
人生に色々不確定な要素がある。計画通りにできないかもしれないけど、予想以上のものが得られるかもしれない。私たちは宇宙から砂に過ぎないし、歴史から見たらうわさに過ぎない。
私は、このような活動をやり続け、欠かせない砂になり、次世代へとつなげるうわさになりたい。
私はどんな人 -心理編
一言で片づけてしまったら自分に申し訳ないし、みんなにわかるような簡潔に書かないといけない。
推薦してもらえるように、頑張ろう。
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私はどんな人か?
私の名は兪子豊、男性、中国出身、19歳の時に、大学教育を受けるために日本にきた。
今は名古屋大学、工学部物理工学科、応用物理コースの4年生、生物物理に熱中している。
学校の近くの小さいアパートで独り暮らしをしていて、彼女もいなくて、毎日映画とゲームで娯楽する日々を送っている。
お父さんは自分の会社を運営していて、結構ストレスがたまっているようですが、近年は少し笑顔が多くなった気がする。いつも私に大きな希望を託し、最適な仕方でないと厳しく叱っていた。
お母さんは国立の研究所の学会誌の編集者を務めていて、いつもやさしく、私の夢をしっかりと支えてきた。お父さんが私をたたくときに、心が痛んで、介入することが多かった。しかしお父さんは中国の伝統的なお父さんで、子供の心の中で、一番偉い人にならなければいけなかった。そのために、二人の間喧嘩が多かった。
私は周りの人の評価を大事にしている。特に才能が認められたときに、至上の快楽が感じられる。
そのために、嘘をついたりすることもあった。周りから悪く評価されることが怖くて、自分の弱い点を受け入れづらかったのです。その反面、私は神の代わりに、科学を信じ、自分の努力で世の中を変えようと努力をし続けていた。相乗効果が出るはずの二つの組み合わせが、なぜか激しい競争の中で弱まって、逆に私の才能を抑えることになってしまった。知らない人に会話するときも、奨学金を応募するときも、いろいろな場面でその怖気を克服しなければいけなかった。
スポーツが弱くて、体つきも人より細く、喧嘩をすると負けるほうではないかといつも思う。しかしプライドが高く、少しでも勝つ可能性があればきっと感情的になって、命も構わずに拳をふるまうだろう。
私は夢をあきらめたことがなかった。子供のとき、科学者になりたかった。いろいろ科学のほんの読んだり、SF映画を見たり、実験室に入るとなんとなくテンションが高かった。どこで受け継いだ思想かはもう思い出せないけど、そのときは「実用主義」の思想だったのだ。自然科学こそ、世界の原則、原理であり、人文などはいつまでも適用できるわけではないから、自分の時間を効率的に利用したいのなら、理系に進んだほうが賢いと思った。
そうして、自分の中でたくさんの可能性を否定していた。しかし勉強も進んで、研究者として働く実情を聞いて、そういう人生は少し物足りないかと思っていた。お父さんの影響もあるでしょう。「どんな仕事が自分にとって出世できるかを考えなければいけない」とね。確かに、科学界で自分の名を知られるには、すばらしいセンスと運が必要だ。一生研究して何の結果もなかったら、「出世」というのはどんどん自分から遠ざかるでしょう。
しかし、どんな可能性があるのかを考える暇がなかった。中学校はエリート校で、毎日夜の自習の前に必ずテストがあった。いい点数が取れたらうれしいが、取れなければとても悔しくて、「勉強しなきゃ」と思っていた。しかし、もともと責任感のある人ではなかったのだ。少し成績がよくなったらすぐリラックスして、勉強を放っていた。そのため、ずっとランキングの前位に入れなくて、気持ちが「がんばろう」から、「これでも生きていけるんじゃない?」という諦める気持ちと、「なぜ俺がうまくならないんだ!」という自責の交互になってしまった。
それからの私は、いやな気持ちを避けるために、競争を極力避けていた。
みんながやらないスポーツ(テニス)をやったり、自分よりもうまくない人の群れ(成績中間)に入ったり、学校で教えない知識(プログラミング)を見たり。自分のことを正面から見ることさえ、避けようとしていた。
そのときだと思うが、センチメンタルの気持ちがだんだん上昇して、一人でいたら、なんだか悲しくて、哀れで、なきたいけど、その哀れな気持ちを美しく感じはじめた。それで日記を書きまくっていた時期もあった。夜の自習で静かだから、悲しく懐かしい気持ちの最適な時間に、音楽を聴きながら、自分の心情を文字に残していた。
その中にも悔しい気持ちが時々残されて、「がんばろう!」「俺こそ王様だ!」など、信じたいけど、信じられない言葉の形で残していた。
高校はその続きで、しかし違うのは、「外国語学校」だった。
成績の優秀な人はここに来なくて、国内のいい大学を目指している。日本語を勉強して、日本に行こうとは思っていなかったが、エリート校の校内選抜(80/220)に落選して(~95)、ほかの学校に行くか、この日本人と協力して作った「外国語学校」にいくかだった。半年の時間を無駄にしたくないと考えて、ほかの学校の試験を受けても、いい点が出せるかといったら、確率としてきわめて高いと思った。まあ、その激しい戦いから身を引こうとも思ったけど。
高校の時に、「エリート」ではない人をたくさん見てきた。自分がどんなものだ?比べて比べて、実は自分よりうまくない人がいっぱいいたのでは?そのときは、頭の中はボーとして、世界がすりガラスをかぶったように、頭の中に像を描くことができなかった。
日本に来て、大きく変わったことがなかったが、自分の将来を考えて、いらいらし始めた。
自分がなぜ生きて、何のために勉強し、何のために働き、何のために喜び、何のために泣くのだろう。
どんな人になりたいのか、どんな生活を送りたいのか。
次の年も、考えが続けていた。
その自画像が実現できるように、何が必要だろうか?
心理的準備、経験、友達、そして原則…
日本に来て、視野が大きく広げられ、自分がなりたい人に簡単になれて、誰との相談も必要ない。希望があふれ、昔の自分の愚を笑うようになった。一方、昔のことを諦めることができなくて、選択しの展開が実に苦しいもがくことだった。科学者、研究者、技術者、企業家、役員、フリーター、ライター、芸術家、音楽家、政治家、軍人、社会活動家、有給ボランティアなど、目の前にごっちゃになって、整理しきれない状態だった。
自分の勝手で決めると、努力を信じている私は、結局企業家の選択をしていた。
しかし、選択が決まったことは、ストレスの結末ではなくて、新しい悩みの始まりであった。
どこから始まり、どうやってやればいいかがわからなくて、手本探しをした。
やることがわかっていても、逃げようとするから、いろいろ心理学の本を読んだ。
やり方がわかったら、どう自分をマネジメントすればいいか、時間のマネジメントを勉強した。
これらの勉強は断続的に続けて、急に今年の春(2007年)、
今まで考えた概念が、自分の足止めになっていることに気づいた。
「JOB」として、勉強を考えていた。
お金を稼いで、それから好きな研究などができるのだ。
お金の稼ぐ仕組みを作って、それからいろいろ旅行など、好きなことができるのだ。
というときに、耳の中に入ってきたのは、「If you want a vacation, the job is wrong!」「If you don't like your job, change it!」などだった。
なるほど、私は勉強を負担だと思って、夜遅くまで映画とゲームをやるのは、
一日がんばった心理補償作用であった。
脳の分類のことで、私の成功を妨げたわけであった。
そのときにまたお母さんのアドバイスを聞いた。
「大学の教授になれたら、給料もいいし、安定ではないか?」
とっくに「安定」を諦めた私は聞くと反発をするが、静かに考えると、
研究が好きだから、やってもいいじゃないかと思った。
いろいろ見て、考えて、選択肢をもう一度見比べる作業を行った。
結局企業家の道が結果だった。
一番大きな理由は、ほかの人の命令で働きたくないことだった。
そしてわかったことが、世界の誰でも自分の過去という負担を持っている。
その負担を誇りに思って、明日に向かうことしか、私にはできないことだった。
2007年5月30日水曜日
5月29日 -名大祭の準備(学友会)
名大祭の時に、餃子と中華物産の店を出すために、任務の分配をしました。
学生たち13人位参加していました。
看板、ごみ、冷蔵庫などの問題について具体的な情報と議論をしていた。
前と同じように、会長と企画担当が人選を決めて、「いいか」と聞くだけだった。
そして、「お前絵描けるか?」と聞いたら、ボランティアがなかなか出ない状態だった。
まあ、みんなボランティアだから、強い要求はできないでしょう。
その時はどうやって一員として組織を誇りにもって、努力できるかは僕の中の大きな課題であった。
会の終わる時に、「OB、OG交流会」の宣伝をしたかったが、
みんながバラバラで帰ってしまったので、残念ながらできなかった。
今度こそ、会長と相談して、集合するときに配ろう!
5月29日 -レジュメの整理
「あなたはどんな人かわからないから、自分がどんな人か書いてきて」と言われました。
それはそうですね。先生は私のことが知らなくて当然なことで、
4年生になってから研究室に配属していたばかりなんだから。
しかし、どう書いたらいいでしょう。
レジュメを整理してみた。
(Google docs & spreadsheets http://docs.google.com/を使って、
http://spreadsheets.google.com/ccc?key=pHAPgH78ilTTxeHSSfMJRPwから他の人でも見られるようにしました)
まだ文章は書いていないが、いろいろまとめて、
自分のことをもっとアピールしなければいけないと痛感しています。
今日頑張って書きましょう。
2007年5月29日火曜日
5月29日より -スタッフの議論(兪子豊の発言)
ITSOを設立当時、留学生がもっと自分のできることを生かして、日本の社会を活性化させる役割を担うことが出来たらと思って、設立させたわけでした。
-日本で働いて、文化の懸け橋になりたくても、日本の社会になれなくて、結局就職もできずにお国に帰られた例がたくさん見かけます。
-日本に来て、授業料のために一生懸命働いて、自分がやりたいことでもやれずに、忙しい学校生活を送り、勉強したいのではなくて、卒業証書のために勉強する例。
-一人暮らしで、もっと社会に出ようと思ってもなかなかイベントもなくて、友達も作られずに、毎日の生活はストレスがたまって、日本の社会を嫌うようになる例
-日本人の考え方と日本の文化風土が自分の国の文化とずいぶん違っていることがわかっていても、どうしたら日本の社会を作り一員になれるかが分からない例。
困難が解決するために、日本のことが分からなければいけないです。
そして、外国人であることをアピールしなければいけないです。
留学経歴のある人はは堪能の語学、国際的な視点、国の間に行ったり来たりすることがやりやすいこと、異郷で磨いたコミュニケーション能力、独立生活のノウハウ、友達との依存関係、文化の違いを見出す視界、異文化環境でのコミュニティー作り…などこんなに留学経験のない人よりすぐれた能力を十分に利用できないことがずっと私の中では大きな課題でした。(私も実は、留学することで人生が変えたと言ってもいいくらいです。)
なので、私たちが一人一人でできないことを組織化し、情報を共有し、コミュニティーを作らせて、ひとりひとりの能力を引き出すシステムを作らなければいけないと私は考えます。
そのシステムの在り方はみんなで議論したらどうですか?
5月29日より -スタッフの議論
http://www.orkut.com/CommMsgs.aspx?cmm=32404704&tid=2534918390700053751&na=4
5月29日 -これからやること
①ITSOの中で将来像の統一を図る。(議論)
②企業のニーズ調査(アンケート、ヒアリング)。
1.採用した人(学部生、何人いるか)
2.採用の手順(日本人の採用とどう違うか)
3.採用の難しさ(採用がうまくできなかった人にその理由)
4.採用の理由(なぜ留学生がほしいのか)
③イベントのあり方の見直し(将来像に達する道の議論)。
④実際就職する状態を把握する(全員)
1.就職の人(学部生、何人いるか)
2.就職の手順(日本人の就職とどう違うか)
3.就職の難しさ(就職がうまくできなかった人にその理由)
4.就職のコツ(これが知っていたらうまくいく)
⑤どうしたら、留学生のいいところを利用できるか?
1.現存の能力(語学、母国の詳しさ)
2.組み合わせ能力の育成(コミュニケーション能力、専門との組み合わせ、日本のシステムと中国進出)
ITSOの中のヒトの能力育成:
①Paper work-資料作成、報告連絡相談の仕方(分りやすい資料作成、報連相の時期)
②Discussion-議論の進め方、進行係(テンション作り、話題作り)
③Make your point-意見をまとめる能力(はっきり自分の意見を言う、そのいいところと悪いところ)
④Promotion-プレゼン能力、説得能力(相手に自分のことを紹介する能力)
⑤Ask&Understand-調査能力(企業、日本人学生の実情)
⑥Leadership-部下を協力させる能力(相手がやりたいと思わせるほどの人を動かすスキル)
5月28日 - 岐阜大学の宮谷先生とG-netでITSO面会
5月28日の夜8時より、G-netで 岐阜大学の宮谷先生と
ITSOの説明と宮谷先生のやりたいことと、
私たちの協力できることについて2時間半ほど話をしました。
ITSOから出席したのは、李天、尹戈夫、胡健と私の4人でした。
日本語の先生でありながら、岐阜大学と南山大学で留学生事情を管轄している宮谷先生は
なんと神戸大学のMBA卒業生でした。
先生とG-netの高嶋さんから私たちがわからない日本人のやり方と経験を聞かせていただいて、大変勉強になりました。
勉強できたこと:
①我々(ITSOメンバーたち)は日本の企業のニーズと考え方、仕事の進め方がわからない。
②我々(ITSOの組織)は信頼されないから、仕事が進めにくい。解決するために、HEROを作るべき。
③我々(ITSOメンバーたち)は最終目的をはっきりしていない(統一しなかったためか)。そして、そこに達する道がイメージできていない。
④日本の会社は大きい組織を信用しているわけではなく、一回目の取引の結果を信じるわけである。
⑤日本で働く外国人たちは、自分の利点を発揮していなくて、自分の短所を補うことばかりをする傾向がある。。
5月04日 - 小川さんなど4人でITSO面会
5月4日の夕方7時ほど、本山の近くのドトールコーヒーで、
名城大学 小川さん
名古屋大学 中村さん
愛知大学OB 兼田さん
3人と私4人で、International Loungeの情報とITSOのことを話合いました。
小川さんが4月31日のG-netパーティーの時に出席して、
私は参加しなかったが、G-netの高嶋さんに電話で紹介していただいて、
この面会を企画したわけでした。
2時間ほど話をして、いまやっていること、これからのビジョン、
一緒に協力できることと、興味を持っていることなど、熱々く話しました。
結局小川さんがInternational Loungeの手伝いをすることになって、
私のことが興味を持ってくれていなかったようですが、これからの友達の一人としていたいです。
中村さんも、もしWebサイトを立ち上げたいなら、協力したいという姿勢を示し、
いろいろ話したらまた自分ももっと頑張りたいという気分になりました。
私は不足していること:
①日本人の学生のニーズと気持ちを理解していない
②魅力のあることのアピールポイントがはっきりしていない
③まとめをして、もう一回アピールすべきだった
実は、資料はいろいろ作っていたが、その不足の部分は:
①写真など、実感、共感ができる資料ではなかった。
②スタッフの募集を2の次にすべきで、まずは参加者に対して魅力があることを作るべきだった。
③MKとPRの練習をすることが少なかった。(特に時間制限のあるとき)
5月27日 -愛知大学 International Lounge
International Loungeに参加しました。
そのInternational Loungeはいわゆる英語の会話練習場で、
参加者は今回は30人近く、メインは愛知大学の日本人学生である。
愛知大学の外国人留学生(アメリカのカリフォルニアとハワイ、ルーマニア、フランス、マレーシア、韓国、中国 名大のNPOの豊さん、フィリピン一人ずつ8人)を招いて、自由な会話を交わっていました。
誘いのメールを載せますと、
----
今晩は夜分すいません!
忘れないうちに連絡しておこうと思いまして☆
<場所>
愛知大学車道校舎13階、
4時~5時 第4会議室で立食スタイル
5時~7時 第3会議室でテーブルトーク
<時間>
4時スタート~7時終了
<参加費>1000円満足できましたら、また次回もこういうのあればいいなと思えれば。
参加者30名今月はトータル60名参加
ゲスト約8名決定
カリフォルニア ハワイ ルーマニア フランス マレーシア 韓国 中国名大のNPOの豊さん フィリピン
2名返事待ち
サウジアラビア ジンバブエ
あと、2次会の食事&飲み会は参加されますか?
----ということです。
「4時~5時 第4会議室で立食スタイル 5時~7時 第3会議室でテーブルトーク」のスタイルは勉強すべきで、そして何回も参加する人がいたので、満足度が高いようでした。やはり友達になれるくらい頻度の高い参加を目指せなければいけないと痛感していました。
同窓会が後援で、20回もやったイベントだけど、チーフの阿部さんがみんなの満足度にやや自信不足に見えました。
仕事をやって見える人々だから、ある程度経験と仕組みが分かっているからか、
コンテンツはそんなに豊ではないが、楽しい会話を楽しむことができました。
私なりのまとめをしますと:
①アジア人の会話の情熱を引き出すために
(方法1)欧米人の情熱を取り入れて、会話のリーダーになってもらう。(テンション)
(方法2)ネタをいろいろ適切な時に出す。(どんな話題でも面白い知識を持っている人があれば)
(方法3)友達になってもらう。(無防備で、自分についてだらだら話す人)
やはり、アジア人の防衛心理が欧米より大きいから、盛り上がる会を作るのは難しい。
②無理やりが必要
(1)恥ずかしい話題を話すことにとても控え目な人に対して、無理やり(順番に)話を聞くのはいい
(2)演技が必要(大きいクマとか、タコの頭を噛む動作とか)
(3)別々で小グループ(2人)で話すより、みんなが参加する話題作りがいい
③参加して、終わるときに順番に会場から出る時に1000円の参加費を徴収していた。
④話題は、民衆の耳に慣れるのがいい
(1)日本のアニメ、映画、食べ物、生存術
(2)ニュース、その特殊な人たちが日常接触すること
(3)変なもの、聞いたことがある人の逸話など
2007年5月28日月曜日
5月26日-テクノワシノ見学のついでITSO面会
それで、名駅のドトールでコーヒーを飲みながら、ITSOの話をたっぷり話していました。
夢からわがに帰ったら、もう3時になっていました。
アイディアがたくさん浮かんで、胡さんと尹さんが経営学部のためか、とても意欲的な姿勢で、
ITSOのことをともに発展させようと、行ってくれました。私は感動していましたよ。
スタッフがもっともっとほしくて、多くの人がみんなのために、貢献できることが心から喜んでいます。
月曜日(28日)に、岐阜のG-netの事務所の打ち合わせに一緒に行く約束までしました。
これをきっかけとして、一気に組織などの「見えざる資産」を蓄積しましょう!!
5月26日-テクノワシノ見学
留学生センター207でやった会社説明会に参加して、
人事教育課の課長さんに招待されて、26日午前、本社見学をしました。
とても大きな敷地を持って、土曜日でありながら、働く人が大勢いました。
生産する大きい機械がたくさんあって、そして突然の伺いでありながら清潔でピカピカな床でした。
30分見学の後、名工大の邱さん、経理の女性、販売部長さん、人材教育課の課長と鈴木さんと
質問答疑を行っていた。私はそれほどきかなかったが、そこに就職したい人は早速申込の予定を話していた。
2007年5月24日木曜日
5月24日 -MLの登録フォーム
これで、すばやくMLの登録ができるようになりましたね。
5月24日 -OB,OG交流会の紧急通知
緊急通知!(延期) 第一届中国留学生前 后 交流会 [2007.05.27] 麻疹(はしか)の流行が名大まで蔓延しています。27日予定の交流会は延期になりました。友達にお伝えください。くれぐれも体にお気をつけください。
5月24日 -新海先生とITSO面会
三人とも環境省中部環境パートナーシップオフィス(EPO中部)のスタッフで、新海先生と桜井先生は(特)ボランタリーネイバースのスタッフでもあります。
いろいろ話して、
①中国語で料理を教える話
②「育才」の日本中の学生を集める活動の話
③ほかの大学で「先輩後輩交流会」の実行委員会の作成の話
④鈴鹿国際大学で「保証人問題」で、アパートが見つからない留学生の話
みんなグッドアイディアだったのです。
そして、法人化するかどうかの話をして、援助金、PR、名古屋の関連団体と機関もいろいろ紹介していただいて、とても助かりました。
経営学 レポート(経営戦略に見えざる資産の蓄積)
演習問題:
3.マーケットシェアが高いことが競争力につながるといわれます。その原因の大きな部分はマーケットシェアが高いことが見えざる資産の蓄積につながることですが、なぜそうなるか企業の生産経験、顧客との接触の二つの観点から考えなさい。
①直接ルート: 広告、新技術開発、サービス向上研修など
②業務副次ルート:日常業務中で、商品の質、製品、工場の日常改良、地味なノウハウ蓄積など
見えざる資産の特性:
①金を出しても、買えないことが多い(汎用性低い)
②作るのに時間がかかる(可変性低い)
③複数の製品や分野で同時利用ができる
①企業の生産経験から見ると、マーケットシェアが高ければ、たくさんの生産をしなければいけないことになる。企業の組織も相応しい規模に成長するし、独自の技術も開発する。その間、生産技術の改善で熟練の従業員が生まれ、組織文化、従業員のモーラルが高まる。組織がその時に内部と外部のバランスをとれて、情報的経営資源と組織能力が進化し、マーケット上でまた競争における真似し難くて、価値のある製品をスピーディーで顧客に届くシステムが作られる能力を持つことになる。そして、価格(原価)的優位性の確保は困難ではないでしょう。
②顧客との接触から見ると、マーケットシェアが高ければ、マーケット全体から学習ができることが大きい。マーケットの要望も耳に入ってくるし、販売のノウハウの蓄積も早いし、情報として製品の特性、市場の反応、顧客へのサービスなどがもっと全面的で、信頼できる数字になる。これを多方面で利用すると、企業の見えざる資産の蓄積は速くなる。そして多くの顧客をかかえて、顧客の信用を築き、企業のブランド戦略が可能となる。
つまり、企業の生産経験、顧客との接触の二つの観点からみて、マーケットシェアが高いことが見えざる資産の蓄積につながることは明らかで、その見えざる資産がまた戦略を成功させることになる。それぞれの戦略により、見えざる資産がまた蓄積して、マーケットシェアを拡大させる。それは競争力につながる。
2007年5月23日水曜日
経営学 レポート(経営戦略偏ることの問題点)
演習問題:
2.ポジションニングスクールと経営資源スクールのそれぞれに偏った場合、どのような戦略的欠陥があらわされる傾向になりがちでしょうか?
戦略の二つのスクール:
①外向きの成功要件「ポジションニングスクール」:製品市場での企業の行動プラン→資源配分計画
②内向きの成功要件「企業資源スクール」 :資源や組織能力の蓄積計画 →市場対応計画
偏らなければ、「組織能力の裏打ちのある市場対応計画」や「市場対応を合わせた資源と組織能力の蓄積のための設計」になる。それぞれ選んだ企業を「ポジションニング型」、「経営資源型」と呼ぶ。
そして、偏る場合はどうなるか?
①「ポジションニングスクール」は企業でたくさん起こることでもあるが、新しい製品を出す、新しいサービスを出すなど言って、それが頭いっぱいで、相応しい組織、設備、情報、資金、人材、技術、販売のノウハウ、信用力などが企業に欠けていることなら、企業の経営が破綻してしまう。一人の人間が40kgの体で100kgの人とボクシングやろうとすることと同じように、体力が支えないことになる。視点を変えて、その人が100kgあるとしても、ちゃんとしたボクシングの技術としっかりした練習がなければ、ポロと戦おうとした時に大けがをするかもしれない。よって、経営資源(ヒト、カネ、モノ)のひとつ欠けたら、いくら素晴らしいポジションニングでも、失敗しかねない。
②「企業資源スクール」は日本で普通に行われる組織マネジメントである。組織を大きくして、経営資源がたくさん蓄積できたら、みんなが喜ぶことになろう。しかし、偏った戦略だと、経営資源は思うどおりに蓄積できないことになる。市場の中に、自分がロジスティックのどの部分を担うか、製品市場で自分がどの製品、どういった差別化戦略をするかが頭の中に全然なければ、これほど怖いことはない。自分の行きつく先を迷った旅人のように、野外に彷徨い、いくら頑張っても、自分のほしいものがわからないゆえに、結局何年たっても起点の周囲を回っていたことになりかねない。そして、市場の中にいるこそ企業が成長するので、市場を無視して、莫大な組織を作っても、人材をいっぱい招いても、結局不明確の戦略で余計のコストが出て、競争に負けてしまう始末である。そもそもはじめから市場を決めないと、企業資源が作れないのは常識であろう。
つまり、偏った戦略で行くと、どっちにも失敗が待ち伏せしている険悪な道を歩むことになるでしょう。
どっちの計画の仕方であれ、両方のポイントを同時に考えて、偏らない戦略を作るのは極めて重要な課題である。
経営学 レポート(経営戦略問題点)
経営学 レポート(経営戦略問題点)
《経営学入門》第一章 戦略とは何か
演習問題:
1.戦略が失敗したと思われる例を自分で見つけ、その例ではこの章の「戦略の二るの定義の内容のどこが問題だったのか、考えなさい。
戦略の二つの定義:
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」
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CONNECTプロジェクトがソニー復権の切り札にならなかったわけ
http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20131247,00.htm
プ ログラマたちはCONNECTの開発に取りかかった。目的は、AppleのiTunesに対抗するソフトウェアを作ることだった。しかし、ソニーは、社内 の政治的駆け引きや、困難なプログラミング作業、(Appleに先を越された)いらだちなどで機能不全の様相を呈していた。そして、それはソニーのデジタ ル音楽市場に対する野心の実現に大きな障害となっていく。14カ月後、CONNECT Playerはリリースされたものの出来は悪く、Appleに追いつこうとするソニーの目論みの失敗は決定的となった。
iTunesに追いつこうとしたソニーの試みは、他社のテクノロジに手を出し、結局は失敗に終わるという悪しきパターンの最初の事例となった。このパターンは、鳴り物入りで宣伝されたソニーのeBookプロジェクトをKinomaが担当するという形でその後も続いている.
なぜソニーは、自社の将来にとって極めて重要な技術を外部の会社に求めてしまうという、ソニーらしからぬ戦略をとってしまったのだろうか。
2005年、Hoddie氏は、FSKを基盤技術として用いたデジタル音楽ソフトウェアKtunesのプロトタイプをデモするまでにこぎつけた。Ktunesを使えば、ソニー独自のデジタル音楽ビジネスを一気に立ち上げることができそうに思えた。
しかし、このプロジェクトは、ソニーのある幹部の言葉を借りると、「まぎれもない大失敗」に終わった。
批評家たちによると、FSKは成熟した技術ではなく、それを扱うソニーのプログラマたちに必要なドキュメントがほとんど用意されていなかったという。ま た、ソニーの既存のウェブシステムや商用システムに組み込めるように設計されておらず、インターネットアプリケーションで通常使用されるHTMLやXML といった標準にも準拠していなかった。このため、どのような機能を実装するにも大変な労力が必要だった。
ソニーの内部関係者によると、 Kinomaの中核技術は携帯用デバイスとPC上の両方で動作するように設計されていたという。FSKベースのSony Walkmanのプロトタイプも開発されたが、ソニーは早い時点でその路線を捨てて、あくまでPC上のプラットフォームとしてのKinomaの技術にこだ わった。
ソニーは技術力も資金力もある大企業だ。それは間違いない。しかし、Appleと同じ土俵に上がるまでの道のりは、長く険しいものになるだろう。
「ソニーのプレイヤーは今でも、ほとんどの地域で、市場シェア2~4位あたりにつけており、出荷台数も数百万台にのぼる」とEnvisioneering のアナリストRichard Doherty氏は言う。「ただ、サービスソフトウェアに関しては相変わらずの苦戦が続いている」(Doherty氏)
戦略の①の定義から見ると
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」
市場をデジタル音楽市場に着目した。
ユーザーは日本の国内のiTuneを使って、インターネットから音楽をダウンロードしているユーザーたち。競争相手は当然にAppleだ。
ネットコンテンツ、FSK:マルチメディアファイルの転送プラットフォームを利用しようとして(技術を使う変換)、ソニーのマルチメディア(音楽、映像)に強いことを復帰させたいことであろう。
しかし、組織として、「社内の政治的駆け引きや、困難なプログラミング作業、(Appleに先を越された)いらだちなどで機能不全の様相を呈していた。」という。
プログラマがKonima社のプログラムを十分に理解していなかった。「プログラマたちはFSK(の出来の悪さ)を責め、Hoddie氏はプログラマたちを責めた。」組織の間にぎくしゃくがあった。
「FSK は成熟した技術ではなく、それを扱うソニーのプログラマたちに必要なドキュメントがほとんど用意されていなかったという。また、ソニーの既存のウェブシス テムや商用システムに組み込めるように設計されておらず、インターネットアプリケーションで通常使用されるHTMLやXMLといった標準にも準拠していな かった。このため、どのような機能を実装するにも大変な労力が必要だった。」これだと、プログラマの文句は多いだろう。
活動計画として「14か月リリース」で、その間に実行の可能性をチェックしたら、ある程度予測できるはずだと思う;リリースの出来が悪くて、iTuneにかなわないことは明らか。
そして「基本設計図」として、その市場の選択、技術の他社との組み合わせなどは検討が欠けているでしょう。
戦略の②の定義から見ると
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」
将来のあるべきソニーは、「デジタル音楽市場の大きいシェアを持つブランド企業」と作りたかっただろう。
しかしそこまで辿るために、今までのブランド性を保つことが大事だった。
そのために、出来の悪い製品を出すわけにはいけない。組織のバックアップを適切に行われなければいけない。
シナリオとして、「SONYの幹部は、リリース時期を優先させるために機能削減を指示、何とかCONNECT Playerのリリースにこぎ着けたそうです。でも、US SONYの幹部はリリースを拒否。ヨーロッパと日本ではリリースされたけど、悲惨な状況になった」
リリースを実際の技術と組織の状況に合わせなかったし、Hoddie氏を信じ込んで、プログラマの苦情を聞かなかったことに問題にあるであろう。
5月23日 -OB,OG交流会のMarketing
http://nagoyaren.homeip.net/bbs/read.php?tid=6296&page=e#a
PDFのリンクと小さくしたポスターの写真のリンクを張っていました。
5月26日の第一届中国留学生座谈会 [2007.05.26] は 紧急通知のために中止で、
もともとその時に宣伝したかったが、しようがなくなりました。
まあ 欢迎参加! 第一届中国留前辈后辈交流会 [2007.05.27]
まだ見て申込む人はいるかもしれませんね。
5月23日 -OB,OG交流会のわかる資料
今日は以下の書類の作成をしました。
①愛知県の後援名義申請。
「OB,OG交流会後援名義申請様式(兪記入).doc」(印はまだ)
②今度の交流会の内容がわかるような資料
「OB,OG交流会企画書1回目(5月27日日).doc」
「OBOG-poster01-jp06.pdf」
「OBOG-poster01-cn06.pdf」
③国際人材支援機構についてわかる資料
「ITSO団体概要.doc」
「ITSO定款.doc」
④今度の交流会の収支決算見込みの添付
「OB,OG交流会予算案.xlsx」(excelのフリーアドオンダウロード必要)
大変でしたが、「経験曲線」理論にしたがって、だんだん慣れたら、速くなるし、コストダウンするから、満足できたといえましょう。
そして、MLにファイルを乗せたり、整理していました。
国際人材支援機構(International Talent Service Organization) http://groups.google.com/group/ITSO-
ITSO-@googlegroups.com
「日中文化交流会」 スタッフML
http://groups.google.com/group/ITSO-seminar-life
ITSO-seminar-life@googlegroups.com
「日中文化交流会」&「OB,OG交流会」 お知らせML
http://groups.google.com/group/ITSO-seminar-life-event
ITSO-seminar-life-event@googlegroups.com
「OB,OG交流会」スタッフML
http://groups.google.com/group/ITSO-seminar-OBOG
ITSO-seminar-OBOG@googlegroups.com
4つのMLに対応したファイルを入れました。
スタッフの連絡ファイルも整理していた。
5月23日 -NIBGの2回目
Normanと私二人で、これからの計画、ITSOと研究の進行度など、いろいろ話し合いをしていた。
ShootersでChrisにも一度会っていた。さすがに親切で、気楽の人だった。
まあ、今日は二人で、少しさびしいが、話がしやすかったな。
そして、Member's Feeを考えよという話もあった。
これから日本で働くことは誰もわからないが、少しずつ計画しながらやろうという感じだった。
2007年5月22日火曜日
5月22日 -OB,OG交流会の予算
参加費を200円として、10人なら2,000円になる。
お菓子代と宣伝代と合わせて、2,000円位になるでしょう。
イベントの予算テンプレートを使って作りました。
5月22日 -愛知ネット
そして、5時に愛知ネットに行って、インターンシップのこれからの事項について話し合いを行っていた。
大野さんと高嶋さんと僕だった。
学生として、学生を集める仕事をもう二人の学生とすることになる。
まあ、ITSOのことも同じような仕事になるし、成熟しているNPOがどうやって事業を進めているかを見るのは勉強ですね。
そして最後の時に大野さんに、ITSOのことをおさらいしていた。
~もっと私のことが知りたい~
兪子豊(ユシホウ)
名古屋大学工学部物理工学科4年
中国遼寧省瀋陽市出身(19歳日本渡来)
℡ 090-4468-0036
e-mail: flair.u#jp-itso.com
HP: http://jp-itso.com
blogger: http://flair-u.blogspot.com/
group: http://groups.google.com/group/ITSO-
Orkut: http://www.orkut.com/Community.aspx?cmm=32404704
2007年5月21日月曜日
自己紹介
人生の23度の誕生日に向かっている私は、自慢するものはほとんどなく、
唯一他の人に負けないことは、他の人がビビッてやりたいことをあきらめる時に、
私は勇気を出した。
まねごとが上手な私は、なぜか他の人と同じだったら、いやな思いをする。
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5年後の自分は:
洞察力のついている、センスの素晴らしいリーダー
いくつかの収入源を持って、すべての能力の分野で自分を鍛えている。
立派なお家を持って、立派な車を持っている。
体の素質も無敵で、思想もしっかりしている。
個人修養と包容力が人よりずっと素晴らしい。
野心というか、私はこんな人間を目指しているんだ。
中国から日本に渡来して、わがままな一人っ子が厳しい目に逢ってばかりだ。
2年前に時々、なぜおれがこんな目に合わなければいけないかと一人で泣きながら考えていた。
怖くない私は怖くなっていた。
人間の心がそんなに弱かったら、簡単に気が狂ったり、自殺してしまうではないか。
人間の体がそんなに弱かったら、病気にかかって、苦しい一生を送ってしまうではないか。
人間の意志がそんなに弱かったら、お金もなくて、碌な食べ物も食べられずに、道で虐められ、何もできないまましんでしまうではないかと
考えているうちに、自分がなぜ生きているのかを見つけようとしていた。
心理学を読んで、体を鍛えて、友達を作って、人生の哲学を勉強しまくっていた。
人間は信じることで、変わっていくものだから、
何を信じて、それに従ってやっていくかは人生の早いうちに決めないといけない。
そして、決めたのは、私は貴族になることだった。
いろんな意味で貴族になりたい。
自分の血を固く信じて、諦めることがない信念;
優れた洞察力、上流社会の教養、紳士的な態度、奉仕の精神;
力強い英雄的な社会的存在として、みんなに夢を与える人間。
うちの教授の話を引用したい「人生は夢だからね」。
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留学は刃を二つ持っている剣なのだ。
人間を自立させ、人間を沈淪させる。
私は自分を見失うこともあったし、視界がぼけてきて何もしたくないときもあった。
「自信を取り戻せ!」と宣言した私は、あらゆる自分が信じていることをやり、躓きながら進歩し続ける。
人生の目標を決めた私は休めなくなった。
自分のマネジメントといろいろ新しいことの試しする中で、昔のように自分がきらきらしてきた。
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社会学でも、経済学でも、心理学でも、親類、友達、人生の先生たち、
みんな私に「起業家にならなければいけない」と教えてくれている。
そうだ、経済界のエリートになろう!
指動かして、何十億が動く世界を目指そう!
ならなきゃ、俺が目指している貴族に永遠になれないのだから!
何も、経験から積んできたので、
俺は、インターンをこの2年間、6つをやっていた。
各種の集会とボランティアに参加して、
留学生の利点を利用して、ホームステイ、工場見学、文化体験など
チャンスがある時だけ参加していた。
今度何をすればいい?
もう、自分で事業を立ち上げよう!!
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今年4月、
NPO 国際人材支援機構 が発足した。