2007年5月31日木曜日

私はどんな人 -趣味、個性、思想編

好きなこと: 自己主張, 知性, 権力, スリル, 財産、かっこいいツール、産業化、都市化

趣味: 探検、冒険、推理、歌う踊る、テニス、雑談、想像を与える文学&映画、社会活動

娯楽: 映画鑑賞 旅行 小説 ゲーム

特技: パソコントラブル解決 プログラミング グラフィックデザイン 簡単な絵描き イベント企画、運営 雰囲気作り

熱中していること: NPO の立ち上げ 経営 金融 日本社会 人間の思考、進化など

スポーツ: サッカー テニス バスケ ジョギング トレーニング

活動: 平和活動 学生活動 留学生、グローバル化関連活動 私が企画する活動

本: 7つの習慣 経営学入門 生化学入門 Encyclopedias

雑誌、新聞: 東洋経済 中央公論 日本経済新聞

音楽: SoftRock Dance(Hiphop) Classic(Piano,Violin)

テレビ番組: あまり見ません NHKスペシャルがお気に入り 10時のニュースも

映画: Comedy, SF, no Horror

料理: Chinese Italian Japanese Love meat, chicken, fish, sweets, fruits.

自称: 海辺に立つ男♂

理想のタイプ: 上品で知的 ほかの人の目に気にせずに努力する 時々甘えたりする 悩み話にアドバイスではなくて、ただ聞いてくれる トラブルがあったら躊躇い持たずにWinwinの相談に乗ってくる

私の第一印象: フレンドリー,紳士

身長: 180 センチ
瞳の色: 黒色
髪の色: 黒色
体型: 細身
外見: 美人/ハンサム
チャーム ポイント: 目

理想的な最初のデート: 大都市の海辺の高層ビルの上 ダンスができて、夜景が見れる、 高級な料理に、花とキャンドルとバイオリン

主義、信条: 自分の努力

尊敬する人: 自分のお父さん 自分のお母さん 北川澄子(北川アパートの大家) 佐伯さん(金持ち父さん) ヘンリー・フォード

自分の長所: 自分の才能、努力を信じる 夢をあきらめたことがない 信じることをやりとおす 早く上達したい(勉強熱心) 世界の美しさを感じることで幸せになる 興味のある分野が広い 自分の身は自分で守る

自分の短所: 他人のために自分の利益の喪失を惜しむ 空想家 頑固で、自己主張が強い 気が短い 感情的ところが多い 中途半端 防衛的になりやすい

夢: 健康な心身 貴族 経済界のリーダー 指動かして、何十億が動く世界 愛しあう妻 豪邸に香車 家族和やか 信じあう友達

過去の付き合いから学んだこと: いろいろな人は付き合う時に違う付き合い方を選ばないといけない 自己主張しすぎると人から嫌がられる 何かを選ぶと、何かを失う 強いてやったり、極端を極めたりすると逆効果 人生は波

人生に欠かせない 5 つのもの: 健康な心身 ボランティア精神 仕事を愛する心 人を愛する勇気 自分をえらくするのではなく、ほかの人の偉いところから学ぶ態度

寝室にあるもの: ベッド 本棚 パソコン 電灯 猫

5年後の自分は: 洞察力のついている、センスの素晴らしいリーダー いくつかの収入源を持って、すべての能力の分野で自分を鍛えている。 立派なお家を持って、立派な車を持っている。 体の素質も無敵で、思想もしっかりしている。 なんの分野でも知識があって、誰とでも仲良くWin-Winの関係を作られる。 個人修養と包容力が人よりずっと素晴らしい。 愛と夢でしっかりと一歩一歩踏み出している。

私はどんな人 -活動編

小学生時代は、勉強はずっと学級の前位だった。
  学科コンテストで色々な賞をもらった。
  暇なときに、水彩画、声楽とスケートを勉強した。
中学校時代は、物理学科代表として勤めて、
  学科のコンテストで、数学と物理の1等賞を獲得した。
  独学でプログラミングの勉強を始めた。
高校時代は、クラスの物理学科代表として勤めて、
  クラスのサッカーチームに参加し、DFとして活躍した。
  そして学校の運動会で、2000年に3000mレースの6位、2002年に2位だった。
  学校の冬季マラソンで、12番目だった。
  グラフィックデザインとHP作りとハッカーの知識を独学で勉強した。
  日本に来る直前、Hiphopダンスとテニスをクラブで1期勉強した(2週間ずつ)
大学に入って、名古屋地域中国人学友会幹事、
  留学生バスケットチームと留学生サッカーチームの両方に入った。
  2006年夏、友達3人で、日中友好をアピールするため、名古屋から神戸へ自転車で行った。
  2007年、NIBGとITSOを設立。

私の活動は、日本に来たこの何年間、急激に活発化した。
履歴書http://spreadsheets.google.com/ccc?key=pHAPgH78ilTTxeHSSfMJRPw

日本に来て3年間半、アルバイトは11個、インターンシップを6個、ボランティア活動をするのに20ほどの団体に参加したことがあり、企業見学、就職セミナー、会社の人と話をするチャンスを逃さなかった。

そして文化交流、学生団体、日本の政治と平和と環境などのいろいろな面白い企画に参加てきた。
たとえば、ホームステイは8回、サッカー、バスケのサークル、愛知留学生会、名大のACE、NUFSA、留学生相談室、留学生センターの活動を積極に参加し、JASSO(日本学生支援機構)、UNCRD(国連地域開発センター)、LEOCLUB(ライオンズクラブの青年組織)とFSEA(留学生スポーツ交流協会)のキャンプに参加し、いい友達を作って、いい思い出を残していた。

今年から、自分でイベントの企画に切り替え、動き出した。
NIBG(名古屋国際ビジネスミーティンググループ)とITSO(NPO 国際人材支援機構)http://jp-itso.comの設立、名大の学生の花見、バーベキュー、日本生活セミナーも一回ずつこの春にやりました。将来留学生の間のネットワークを作れたらと夢見ています。

これからの計画として、30まで尊敬できる人になり、大規模投資ができるようになりたい。
そして、40までに、社会貢献できる人になり、すばらしいお家と時間の自由がほしい。

人生に色々不確定な要素がある。計画通りにできないかもしれないけど、予想以上のものが得られるかもしれない。私たちは宇宙から砂に過ぎないし、歴史から見たらうわさに過ぎない。
私は、このような活動をやり続け、欠かせない砂になり、次世代へとつなげるうわさになりたい。

私はどんな人 -心理編

これはさすがに書きにくいね。


一言で片づけてしまったら自分に申し訳ないし、みんなにわかるような簡潔に書かないといけない。

推薦してもらえるように、頑張ろう。


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私はどんな人か?



私の名は兪子豊、男性、中国出身、19歳の時に、大学教育を受けるために日本にきた。

今は名古屋大学、工学部物理工学科、応用物理コースの4年生、生物物理に熱中している。

学校の近くの小さいアパートで独り暮らしをしていて、彼女もいなくて、毎日映画とゲームで娯楽する日々を送っている。



お父さんは自分の会社を運営していて、結構ストレスがたまっているようですが、近年は少し笑顔が多くなった気がする。いつも私に大きな希望を託し、最適な仕方でないと厳しく叱っていた。

お母さんは国立の研究所の学会誌の編集者を務めていて、いつもやさしく、私の夢をしっかりと支えてきた。お父さんが私をたたくときに、心が痛んで、介入することが多かった。しかしお父さんは中国の伝統的なお父さんで、子供の心の中で、一番偉い人にならなければいけなかった。そのために、二人の間喧嘩が多かった。



私は周りの人の評価を大事にしている。特に才能が認められたときに、至上の快楽が感じられる。

そのために、嘘をついたりすることもあった。周りから悪く評価されることが怖くて、自分の弱い点を受け入れづらかったのです。その反面、私は神の代わりに、科学を信じ、自分の努力で世の中を変えようと努力をし続けていた。相乗効果が出るはずの二つの組み合わせが、なぜか激しい競争の中で弱まって、逆に私の才能を抑えることになってしまった。知らない人に会話するときも、奨学金を応募するときも、いろいろな場面でその怖気を克服しなければいけなかった。



スポーツが弱くて、体つきも人より細く、喧嘩をすると負けるほうではないかといつも思う。しかしプライドが高く、少しでも勝つ可能性があればきっと感情的になって、命も構わずに拳をふるまうだろう。

私は夢をあきらめたことがなかった。子供のとき、科学者になりたかった。いろいろ科学のほんの読んだり、SF映画を見たり、実験室に入るとなんとなくテンションが高かった。どこで受け継いだ思想かはもう思い出せないけど、そのときは「実用主義」の思想だったのだ。自然科学こそ、世界の原則、原理であり、人文などはいつまでも適用できるわけではないから、自分の時間を効率的に利用したいのなら、理系に進んだほうが賢いと思った。

そうして、自分の中でたくさんの可能性を否定していた。しかし勉強も進んで、研究者として働く実情を聞いて、そういう人生は少し物足りないかと思っていた。お父さんの影響もあるでしょう。「どんな仕事が自分にとって出世できるかを考えなければいけない」とね。確かに、科学界で自分の名を知られるには、すばらしいセンスと運が必要だ。一生研究して何の結果もなかったら、「出世」というのはどんどん自分から遠ざかるでしょう。

しかし、どんな可能性があるのかを考える暇がなかった。中学校はエリート校で、毎日夜の自習の前に必ずテストがあった。いい点数が取れたらうれしいが、取れなければとても悔しくて、「勉強しなきゃ」と思っていた。しかし、もともと責任感のある人ではなかったのだ。少し成績がよくなったらすぐリラックスして、勉強を放っていた。そのため、ずっとランキングの前位に入れなくて、気持ちが「がんばろう」から、「これでも生きていけるんじゃない?」という諦める気持ちと、「なぜ俺がうまくならないんだ!」という自責の交互になってしまった。

それからの私は、いやな気持ちを避けるために、競争を極力避けていた。
みんながやらないスポーツ(テニス)をやったり、自分よりもうまくない人の群れ(成績中間)に入ったり、学校で教えない知識(プログラミング)を見たり。自分のことを正面から見ることさえ、避けようとしていた。

そのときだと思うが、センチメンタルの気持ちがだんだん上昇して、一人でいたら、なんだか悲しくて、哀れで、なきたいけど、その哀れな気持ちを美しく感じはじめた。それで日記を書きまくっていた時期もあった。夜の自習で静かだから、悲しく懐かしい気持ちの最適な時間に、音楽を聴きながら、自分の心情を文字に残していた。

その中にも悔しい気持ちが時々残されて、「がんばろう!」「俺こそ王様だ!」など、信じたいけど、信じられない言葉の形で残していた。

高校はその続きで、しかし違うのは、「外国語学校」だった。
成績の優秀な人はここに来なくて、国内のいい大学を目指している。日本語を勉強して、日本に行こうとは思っていなかったが、エリート校の校内選抜(80/220)に落選して(~95)、ほかの学校に行くか、この日本人と協力して作った「外国語学校」にいくかだった。半年の時間を無駄にしたくないと考えて、ほかの学校の試験を受けても、いい点が出せるかといったら、確率としてきわめて高いと思った。まあ、その激しい戦いから身を引こうとも思ったけど。
高校の時に、「エリート」ではない人をたくさん見てきた。自分がどんなものだ?比べて比べて、実は自分よりうまくない人がいっぱいいたのでは?そのときは、頭の中はボーとして、世界がすりガラスをかぶったように、頭の中に像を描くことができなかった。



日本に来て、大きく変わったことがなかったが、自分の将来を考えて、いらいらし始めた。
自分がなぜ生きて、何のために勉強し、何のために働き、何のために喜び、何のために泣くのだろう。
どんな人になりたいのか、どんな生活を送りたいのか。

次の年も、考えが続けていた。
その自画像が実現できるように、何が必要だろうか?
心理的準備、経験、友達、そして原則…

日本に来て、視野が大きく広げられ、自分がなりたい人に簡単になれて、誰との相談も必要ない。希望があふれ、昔の自分の愚を笑うようになった。一方、昔のことを諦めることができなくて、選択しの展開が実に苦しいもがくことだった。科学者、研究者、技術者、企業家、役員、フリーター、ライター、芸術家、音楽家、政治家、軍人、社会活動家、有給ボランティアなど、目の前にごっちゃになって、整理しきれない状態だった。

自分の勝手で決めると、努力を信じている私は、結局企業家の選択をしていた。
しかし、選択が決まったことは、ストレスの結末ではなくて、新しい悩みの始まりであった。

どこから始まり、どうやってやればいいかがわからなくて、手本探しをした。
やることがわかっていても、逃げようとするから、いろいろ心理学の本を読んだ。
やり方がわかったら、どう自分をマネジメントすればいいか、時間のマネジメントを勉強した。

これらの勉強は断続的に続けて、急に今年の春(2007年)、
今まで考えた概念が、自分の足止めになっていることに気づいた。
「JOB」として、勉強を考えていた。

お金を稼いで、それから好きな研究などができるのだ。
お金の稼ぐ仕組みを作って、それからいろいろ旅行など、好きなことができるのだ。
というときに、耳の中に入ってきたのは、「If you want a vacation, the job is wrong!」「If you don't like your job, change it!」などだった。

なるほど、私は勉強を負担だと思って、夜遅くまで映画とゲームをやるのは、
一日がんばった心理補償作用であった。

脳の分類のことで、私の成功を妨げたわけであった。
そのときにまたお母さんのアドバイスを聞いた。
「大学の教授になれたら、給料もいいし、安定ではないか?」
とっくに「安定」を諦めた私は聞くと反発をするが、静かに考えると、
研究が好きだから、やってもいいじゃないかと思った。

いろいろ見て、考えて、選択肢をもう一度見比べる作業を行った。
結局企業家の道が結果だった。
一番大きな理由は、ほかの人の命令で働きたくないことだった。

そしてわかったことが、世界の誰でも自分の過去という負担を持っている。
その負担を誇りに思って、明日に向かうことしか、私にはできないことだった。

2007年5月30日水曜日

5月29日 -名大祭の準備(学友会)

お昼に、名古屋地域留学生学友会の会議に参加しました。

名大祭の時に、餃子と中華物産の店を出すために、任務の分配をしました。
学生たち13人位参加していました。

看板、ごみ、冷蔵庫などの問題について具体的な情報と議論をしていた。
前と同じように、会長と企画担当が人選を決めて、「いいか」と聞くだけだった。
そして、「お前絵描けるか?」と聞いたら、ボランティアがなかなか出ない状態だった。

まあ、みんなボランティアだから、強い要求はできないでしょう。
その時はどうやって一員として組織を誇りにもって、努力できるかは僕の中の大きな課題であった。

会の終わる時に、「OB、OG交流会」の宣伝をしたかったが、
みんながバラバラで帰ってしまったので、残念ながらできなかった。

今度こそ、会長と相談して、集合するときに配ろう!

5月29日 -レジュメの整理

奨学金を申し込みたいが、すぐ先生の所に訪ねたけど、先生に
「あなたはどんな人かわからないから、自分がどんな人か書いてきて」と言われました。

それはそうですね。先生は私のことが知らなくて当然なことで、
4年生になってから研究室に配属していたばかりなんだから。

しかし、どう書いたらいいでしょう。
レジュメを整理してみた。
(Google docs & spreadsheets http://docs.google.com/を使って、
http://spreadsheets.google.com/ccc?key=pHAPgH78ilTTxeHSSfMJRPwから他の人でも見られるようにしました)

まだ文章は書いていないが、いろいろまとめて、
自分のことをもっとアピールしなければいけないと痛感しています。

今日頑張って書きましょう。

2007年5月29日火曜日

朱さんへ

ITSOの委員の朱暁東さんが就職が決まりました!

IBM日本です。とても素敵で私も感動しました。
彼は工学研究科、情報専攻で、画像処理が得意な人です。
彼は組織の中に入ることを心から喜んでいました。

今度就職が決まって、東京に行ってしまうのは少し惜しいけれども、
夢を共有して、頑張っていこうと思います。

5月29日より -スタッフの議論(ML発信)

参照してください:
http://groups.google.com/group/ITSO-staff/browse_thread/thread/ab0b3a2e1407f437

5月29日より -スタッフの議論(兪子豊の発言)

まず私の考え方の述べましょう。


ITSOを設立当時、留学生がもっと自分のできることを生かして、日本の社会を活性化させる役割を担うことが出来たらと思って、設立させたわけでした。

-日本で働いて、文化の懸け橋になりたくても、日本の社会になれなくて、結局就職もできずにお国に帰られた例がたくさん見かけます。

-日本に来て、授業料のために一生懸命働いて、自分がやりたいことでもやれずに、忙しい学校生活を送り、勉強したいのではなくて、卒業証書のために勉強する例。

-一人暮らしで、もっと社会に出ようと思ってもなかなかイベントもなくて、友達も作られずに、毎日の生活はストレスがたまって、日本の社会を嫌うようになる例

-日本人の考え方と日本の文化風土が自分の国の文化とずいぶん違っていることがわかっていても、どうしたら日本の社会を作り一員になれるかが分からない例。

困難が解決するために、日本のことが分からなければいけないです。
そして、外国人であることをアピールしなければいけないです。


留学経歴のある人はは堪能の語学、国際的な視点、国の間に行ったり来たりすることがやりやすいこと、異郷で磨いたコミュニケーション能力、独立生活のノウハウ、友達との依存関係、文化の違いを見出す視界、異文化環境でのコミュニティー作り…などこんなに留学経験のない人よりすぐれた能力を十分に利用できないことがずっと私の中では大きな課題でした。(私も実は、留学することで人生が変えたと言ってもいいくらいです。)

なので、私たちが一人一人でできないことを組織化し、情報を共有し、コミュニティーを作らせて、ひとりひとりの能力を引き出すシステムを作らなければいけないと私は考えます。

そのシステムの在り方はみんなで議論したらどうですか?

5月29日より -スタッフの議論

早速1番目の目的について、スタッフの議論を始めさせましょう:
http://www.orkut.com/CommMsgs.aspx?cmm=32404704&tid=2534918390700053751&na=4

5月29日 -これからやること

目的面:
①ITSOの中で将来像の統一を図る。(議論)
②企業のニーズ調査(アンケート、ヒアリング)。
  1.採用した人(学部生、何人いるか)
  2.採用の手順(日本人の採用とどう違うか)
  3.採用の難しさ(採用がうまくできなかった人にその理由)
  4.採用の理由(なぜ留学生がほしいのか)
③イベントのあり方の見直し(将来像に達する道の議論)。
④実際就職する状態を把握する(全員)
  1.就職の人(学部生、何人いるか)
  2.就職の手順(日本人の就職とどう違うか)
  3.就職の難しさ(就職がうまくできなかった人にその理由)
  4.就職のコツ(これが知っていたらうまくいく)
⑤どうしたら、留学生のいいところを利用できるか?
  1.現存の能力(語学、母国の詳しさ)
  2.組み合わせ能力の育成(コミュニケーション能力、専門との組み合わせ、日本のシステムと中国進出)

ITSOの中のヒトの能力育成:
①Paper work-資料作成、報告連絡相談の仕方(分りやすい資料作成、報連相の時期)
②Discussion-議論の進め方、進行係(テンション作り、話題作り)
③Make your point-意見をまとめる能力(はっきり自分の意見を言う、そのいいところと悪いところ)
④Promotion-プレゼン能力、説得能力(相手に自分のことを紹介する能力)
⑤Ask&Understand-調査能力(企業、日本人学生の実情)
⑥Leadership-部下を協力させる能力(相手がやりたいと思わせるほどの人を動かすスキル)

5月28日 - 岐阜大学の宮谷先生とG-netでITSO面会

5月28日の夜8時より、G-netで 岐阜大学の宮谷先生と
ITSOの説明と宮谷先生のやりたいことと、
私たちの協力できることについて2時間半ほど話をしました。

ITSOから出席したのは、李天、尹戈夫、胡健と私の4人でした。

日本語の先生でありながら、岐阜大学と南山大学で留学生事情を管轄している宮谷先生は
なんと神戸大学のMBA卒業生でした。

先生とG-netの高嶋さんから私たちがわからない日本人のやり方と経験を聞かせていただいて、大変勉強になりました。

勉強できたこと:
①我々(ITSOメンバーたち)は日本の企業のニーズと考え方、仕事の進め方がわからない。
②我々(ITSOの組織)は信頼されないから、仕事が進めにくい。解決するために、HEROを作るべき。
③我々(ITSOメンバーたち)は最終目的をはっきりしていない(統一しなかったためか)。そして、そこに達する道がイメージできていない。

④日本の会社は大きい組織を信用しているわけではなく、一回目の取引の結果を信じるわけである。
⑤日本で働く外国人たちは、自分の利点を発揮していなくて、自分の短所を補うことばかりをする傾向がある。。

5月04日 - 小川さんなど4人でITSO面会

「5月27日 -愛知大学 International Lounge」に関連する面会を紹介しましょう。

5月4日の夕方7時ほど、本山の近くのドトールコーヒーで、
名城大学 小川さん
名古屋大学 中村さん
愛知大学OB 兼田さん
3人と私4人で、International Loungeの情報とITSOのことを話合いました。

小川さんが4月31日のG-netパーティーの時に出席して、
私は参加しなかったが、G-netの高嶋さんに電話で紹介していただいて、
この面会を企画したわけでした。

2時間ほど話をして、いまやっていること、これからのビジョン、
一緒に協力できることと、興味を持っていることなど、熱々く話しました。

結局小川さんがInternational Loungeの手伝いをすることになって、
私のことが興味を持ってくれていなかったようですが、これからの友達の一人としていたいです。
中村さんも、もしWebサイトを立ち上げたいなら、協力したいという姿勢を示し、
いろいろ話したらまた自分ももっと頑張りたいという気分になりました。

私は不足していること:
①日本人の学生のニーズと気持ちを理解していない
②魅力のあることのアピールポイントがはっきりしていない
③まとめをして、もう一回アピールすべきだった

実は、資料はいろいろ作っていたが、その不足の部分は:
①写真など、実感、共感ができる資料ではなかった。
②スタッフの募集を2の次にすべきで、まずは参加者に対して魅力があることを作るべきだった。
③MKとPRの練習をすることが少なかった。(特に時間制限のあるとき)

5月27日 -愛知大学 International Lounge

5月27日の午後4時、愛知大学同窓会(兼田さん、阿部さん)が主催する
International Loungeに参加しました。

そのInternational Loungeはいわゆる英語の会話練習場で、
参加者は今回は30人近く、メインは愛知大学の日本人学生である。
愛知大学の外国人留学生(アメリカのカリフォルニアとハワイ、ルーマニア、フランス、マレーシア、韓国、中国 名大のNPOの豊さん、フィリピン一人ずつ8人)を招いて、自由な会話を交わっていました。

誘いのメールを載せますと、
----
今晩は夜分すいません!
忘れないうちに連絡しておこうと思いまして☆
<場所>
愛知大学車道校舎13階、
4時~5時 第4会議室で立食スタイル
5時~7時 第3会議室でテーブルトーク
<時間>
4時スタート~7時終了
<参加費>1000円満足できましたら、また次回もこういうのあればいいなと思えれば。
参加者30名今月はトータル60名参加
ゲスト約8名決定
カリフォルニア ハワイ ルーマニア フランス マレーシア 韓国 中国名大のNPOの豊さん フィリピン
2名返事待ち
サウジアラビア ジンバブエ
あと、2次会の食事&飲み会は参加されますか?

----ということです。

「4時~5時 第4会議室で立食スタイル 5時~7時 第3会議室でテーブルトーク」のスタイルは勉強すべきで、そして何回も参加する人がいたので、満足度が高いようでした。やはり友達になれるくらい頻度の高い参加を目指せなければいけないと痛感していました。
同窓会が後援で、20回もやったイベントだけど、チーフの阿部さんがみんなの満足度にやや自信不足に見えました。

仕事をやって見える人々だから、ある程度経験と仕組みが分かっているからか、
コンテンツはそんなに豊ではないが、楽しい会話を楽しむことができました。

私なりのまとめをしますと:

①アジア人の会話の情熱を引き出すために
  (方法1)欧米人の情熱を取り入れて、会話のリーダーになってもらう。(テンション)
  (方法2)ネタをいろいろ適切な時に出す。(どんな話題でも面白い知識を持っている人があれば)
  (方法3)友達になってもらう。(無防備で、自分についてだらだら話す人)
 やはり、アジア人の防衛心理が欧米より大きいから、盛り上がる会を作るのは難しい。

②無理やりが必要
  (1)恥ずかしい話題を話すことにとても控え目な人に対して、無理やり(順番に)話を聞くのはいい
  (2)演技が必要(大きいクマとか、タコの頭を噛む動作とか)
  (3)別々で小グループ(2人)で話すより、みんなが参加する話題作りがいい

③参加して、終わるときに順番に会場から出る時に1000円の参加費を徴収していた。

④話題は、民衆の耳に慣れるのがいい
  (1)日本のアニメ、映画、食べ物、生存術
  (2)ニュース、その特殊な人たちが日常接触すること
  (3)変なもの、聞いたことがある人の逸話など

2007年5月28日月曜日

5月26日-テクノワシノ見学のついでITSO面会

見学が終わってから、われわれ4人、李天、胡健、尹戈夫と私が電車で名古屋まで帰っていました。
それで、名駅のドトールでコーヒーを飲みながら、ITSOの話をたっぷり話していました。
夢からわがに帰ったら、もう3時になっていました。

アイディアがたくさん浮かんで、胡さんと尹さんが経営学部のためか、とても意欲的な姿勢で、
ITSOのことをともに発展させようと、行ってくれました。私は感動していましたよ。
スタッフがもっともっとほしくて、多くの人がみんなのために、貢献できることが心から喜んでいます。

月曜日(28日)に、岐阜のG-netの事務所の打ち合わせに一緒に行く約束までしました。
これをきっかけとして、一気に組織などの「見えざる資産」を蓄積しましょう!!

5月26日-テクノワシノ見学

5月26日の午前中、この間17日に松浦先生に招かれて、
留学生センター207でやった会社説明会に参加して、
人事教育課の課長さんに招待されて、26日午前、本社見学をしました。

とても大きな敷地を持って、土曜日でありながら、働く人が大勢いました。
生産する大きい機械がたくさんあって、そして突然の伺いでありながら清潔でピカピカな床でした。

30分見学の後、名工大の邱さん、経理の女性、販売部長さん、人材教育課の課長と鈴木さんと
質問答疑を行っていた。私はそれほどきかなかったが、そこに就職したい人は早速申込の予定を話していた。

2007年5月24日木曜日

5月24日 -MLの登録フォーム

MLの登録フォームをブログで作成し、HPでリンクを張りました。(HPで作ってみたが、どうもうまくいかなくいて…)
これで、すばやくMLの登録ができるようになりましたね。

MLイベント(参加者用)いろいろお楽しみのコンテンツ満載です!

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International Talent Service Organization(国際人材支援機構)に参加
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OB,OG交流会スタッフMLに参加
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MLイベント(スタッフ用)スタッフになりたい人は代表の兪まで連絡の上で、登録お願いします。


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「日中文化交流会」 スタッフMLに参加
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「日中文化交流会」&「OB,OG交流会」 お知らせMLに参加
メール アドレス:
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5月24日 -OB,OG交流会の紧急通知

緊急通知!(延期) 第一届中国留学生前 后 交流会 [2007.05.27] 麻疹(はしか)の流行が名大まで蔓延しています。27日予定の交流会は延期になりました。友達にお伝えください。くれぐれも体にお気をつけください。

緊急通知!(延期) 第一届中国留学生前辈后辈交流会 [2007.05.27]
紧急通知

5月24日 -新海先生とITSO面会

NPO関連の話を新海先生と桜井先生と鵜飼先生と話をしました。

三人とも環境省中部環境パートナーシップオフィス(EPO中部)のスタッフで、新海先生と桜井先生は(特)ボランタリーネイバースのスタッフでもあります。

いろいろ話して、
①中国語で料理を教える話
②「育才」の日本中の学生を集める活動の話
③ほかの大学で「先輩後輩交流会」の実行委員会の作成の話
④鈴鹿国際大学で「保証人問題」で、アパートが見つからない留学生の話

みんなグッドアイディアだったのです。

そして、法人化するかどうかの話をして、援助金、PR、名古屋の関連団体と機関もいろいろ紹介していただいて、とても助かりました。

経営学 レポート(経営戦略に見えざる資産の蓄積)

《経営学入門》第一章 戦略とは何か

演習問題:
3.マーケットシェアが高いことが競争力につながるといわれます。その原因の大きな部分はマーケットシェアが高いことが見えざる資産の蓄積につながることですが、なぜそうなるか企業の生産経験、顧客との接触の二つの観点から考えなさい。

見えざる資産の二つの蓄積ルート:
①直接ルート: 広告、新技術開発、サービス向上研修など
②業務副次ルート:日常業務中で、商品の質、製品、工場の日常改良、地味なノウハウ蓄積など

見えざる資産の特性:
①金を出しても、買えないことが多い(汎用性低い)
②作るのに時間がかかる(可変性低い)
③複数の製品や分野で同時利用ができる

①企業の生産経験から見ると、マーケットシェアが高ければ、たくさんの生産をしなければいけないことになる。企業の組織も相応しい規模に成長するし、独自の技術も開発する。その間、生産技術の改善で熟練の従業員が生まれ、組織文化、従業員のモーラルが高まる。組織がその時に内部と外部のバランスをとれて、情報的経営資源と組織能力が進化し、マーケット上でまた競争における真似し難くて、価値のある製品をスピーディーで顧客に届くシステムが作られる能力を持つことになる。そして、価格(原価)的優位性の確保は困難ではないでしょう。

②顧客との接触から見ると、マーケットシェアが高ければ、マーケット全体から学習ができることが大きい。マーケットの要望も耳に入ってくるし、販売のノウハウの蓄積も早いし、情報として製品の特性、市場の反応、顧客へのサービスなどがもっと全面的で、信頼できる数字になる。これを多方面で利用すると、企業の見えざる資産の蓄積は速くなる。そして多くの顧客をかかえて、顧客の信用を築き、企業のブランド戦略が可能となる。

つまり、企業の生産経験、顧客との接触の二つの観点からみて、マーケットシェアが高いことが見えざる資産の蓄積につながることは明らかで、その見えざる資産がまた戦略を成功させることになる。それぞれの戦略により、見えざる資産がまた蓄積して、マーケットシェアを拡大させる。それは競争力につながる。

2007年5月23日水曜日

経営学 レポート(経営戦略偏ることの問題点)

《経営学入門》第一章 戦略とは何か

演習問題:
2.ポジションニングスクールと経営資源スクールのそれぞれに偏った場合、どのような戦略的欠陥があらわされる傾向になりがちでしょうか?


戦略の二つのスクール:
①外向きの成功要件「ポジションニングスクール」:製品市場での企業の行動プラン→資源配分計画
②内向きの成功要件「企業資源スクール」 :資源や組織能力の蓄積計画 →市場対応計画

偏らなければ、「組織能力の裏打ちのある市場対応計画」や「市場対応を合わせた資源と組織能力の蓄積のための設計」になる。それぞれ選んだ企業を「ポジションニング型」、「経営資源型」と呼ぶ。

そして、偏る場合はどうなるか?

①「ポジションニングスクール」は企業でたくさん起こることでもあるが、新しい製品を出す、新しいサービスを出すなど言って、それが頭いっぱいで、相応しい組織、設備、情報、資金、人材、技術、販売のノウハウ、信用力などが企業に欠けていることなら、企業の経営が破綻してしまう。一人の人間が40kgの体で100kgの人とボクシングやろうとすることと同じように、体力が支えないことになる。視点を変えて、その人が100kgあるとしても、ちゃんとしたボクシングの技術としっかりした練習がなければ、ポロと戦おうとした時に大けがをするかもしれない。よって、経営資源(ヒト、カネ、モノ)のひとつ欠けたら、いくら素晴らしいポジションニングでも、失敗しかねない。

②「企業資源スクール」は日本で普通に行われる組織マネジメントである。組織を大きくして、経営資源がたくさん蓄積できたら、みんなが喜ぶことになろう。しかし、偏った戦略だと、経営資源は思うどおりに蓄積できないことになる。市場の中に、自分がロジスティックのどの部分を担うか、製品市場で自分がどの製品、どういった差別化戦略をするかが頭の中に全然なければ、これほど怖いことはない。自分の行きつく先を迷った旅人のように、野外に彷徨い、いくら頑張っても、自分のほしいものがわからないゆえに、結局何年たっても起点の周囲を回っていたことになりかねない。そして、市場の中にいるこそ企業が成長するので、市場を無視して、莫大な組織を作っても、人材をいっぱい招いても、結局不明確の戦略で余計のコストが出て、競争に負けてしまう始末である。そもそもはじめから市場を決めないと、企業資源が作れないのは常識であろう。

つまり、偏った戦略で行くと、どっちにも失敗が待ち伏せしている険悪な道を歩むことになるでしょう。
どっちの計画の仕方であれ、両方のポイントを同時に考えて、偏らない戦略を作るのは極めて重要な課題である。

経営学 レポート(経営戦略問題点)

経営学 レポート(経営戦略問題点)

《経営学入門》第一章 戦略とは何か

演習問題:
1.戦略が失敗したと思われる例を自分で見つけ、その例ではこの章の「戦略の二るの定義の内容のどこが問題だったのか、考えなさい。

戦略の二つの定義:
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」

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CONNECTプロジェクトがソニー復権の切り札にならなかったわけ

http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20131247,00.htm

プ ログラマたちはCONNECTの開発に取りかかった。目的は、AppleのiTunesに対抗するソフトウェアを作ることだった。しかし、ソニーは、社内 の政治的駆け引きや、困難なプログラミング作業、(Appleに先を越された)いらだちなどで機能不全の様相を呈していた。そして、それはソニーのデジタ ル音楽市場に対する野心の実現に大きな障害となっていく。14カ月後、CONNECT Playerはリリースされたものの出来は悪く、Appleに追いつこうとするソニーの目論みの失敗は決定的となった。

iTunesに追いつこうとしたソニーの試みは、他社のテクノロジに手を出し、結局は失敗に終わるという悪しきパターンの最初の事例となった。このパターンは、鳴り物入りで宣伝されたソニーのeBookプロジェクトをKinomaが担当するという形でその後も続いている.

なぜソニーは、自社の将来にとって極めて重要な技術を外部の会社に求めてしまうという、ソニーらしからぬ戦略をとってしまったのだろうか。

2005年、Hoddie氏は、FSKを基盤技術として用いたデジタル音楽ソフトウェアKtunesのプロトタイプをデモするまでにこぎつけた。Ktunesを使えば、ソニー独自のデジタル音楽ビジネスを一気に立ち上げることができそうに思えた。
 しかし、このプロジェクトは、ソニーのある幹部の言葉を借りると、「まぎれもない大失敗」に終わった。
  批評家たちによると、FSKは成熟した技術ではなく、それを扱うソニーのプログラマたちに必要なドキュメントがほとんど用意されていなかったという。ま た、ソニーの既存のウェブシステムや商用システムに組み込めるように設計されておらず、インターネットアプリケーションで通常使用されるHTMLやXML といった標準にも準拠していなかった。このため、どのような機能を実装するにも大変な労力が必要だった。
 ソニーの内部関係者によると、 Kinomaの中核技術は携帯用デバイスとPC上の両方で動作するように設計されていたという。FSKベースのSony Walkmanのプロトタイプも開発されたが、ソニーは早い時点でその路線を捨てて、あくまでPC上のプラットフォームとしてのKinomaの技術にこだ わった。

ソニーは技術力も資金力もある大企業だ。それは間違いない。しかし、Appleと同じ土俵に上がるまでの道のりは、長く険しいものになるだろう。
  「ソニーのプレイヤーは今でも、ほとんどの地域で、市場シェア2~4位あたりにつけており、出荷台数も数百万台にのぼる」とEnvisioneering のアナリストRichard Doherty氏は言う。「ただ、サービスソフトウェアに関しては相変わらずの苦戦が続いている」(Doherty氏)

戦略の①の定義から見ると
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」

市場をデジタル音楽市場に着目した。
ユーザーは日本の国内のiTuneを使って、インターネットから音楽をダウンロードしているユーザーたち。競争相手は当然にAppleだ。

ネットコンテンツ、FSK:マルチメディアファイルの転送プラットフォームを利用しようとして(技術を使う変換)、ソニーのマルチメディア(音楽、映像)に強いことを復帰させたいことであろう。

しかし、組織として、「社内の政治的駆け引きや、困難なプログラミング作業、(Appleに先を越された)いらだちなどで機能不全の様相を呈していた。」という。

プログラマがKonima社のプログラムを十分に理解していなかった。「プログラマたちはFSK(の出来の悪さ)を責め、Hoddie氏はプログラマたちを責めた。」組織の間にぎくしゃくがあった。
「FSK は成熟した技術ではなく、それを扱うソニーのプログラマたちに必要なドキュメントがほとんど用意されていなかったという。また、ソニーの既存のウェブシス テムや商用システムに組み込めるように設計されておらず、インターネットアプリケーションで通常使用されるHTMLやXMLといった標準にも準拠していな かった。このため、どのような機能を実装するにも大変な労力が必要だった。」これだと、プログラマの文句は多いだろう。

活動計画として「14か月リリース」で、その間に実行の可能性をチェックしたら、ある程度予測できるはずだと思う;リリースの出来が悪くて、iTuneにかなわないことは明らか。

そして「基本設計図」として、その市場の選択、技術の他社との組み合わせなどは検討が欠けているでしょう。

戦略の②の定義から見ると
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」

将来のあるべきソニーは、「デジタル音楽市場の大きいシェアを持つブランド企業」と作りたかっただろう。

しかしそこまで辿るために、今までのブランド性を保つことが大事だった。

そのために、出来の悪い製品を出すわけにはいけない。組織のバックアップを適切に行われなければいけない。

シナリオとして、「SONYの幹部は、リリース時期を優先させるために機能削減を指示、何とかCONNECT Playerのリリースにこぎ着けたそうです。でも、US SONYの幹部はリリースを拒否。ヨーロッパと日本ではリリースされたけど、悲惨な状況になった」

リリースを実際の技術と組織の状況に合わせなかったし、Hoddie氏を信じ込んで、プログラマの苦情を聞かなかったことに問題にあるであろう。

5月23日 -OB,OG交流会のMarketing

名古屋留学生のフォーラムに宣伝していました。
http://nagoyaren.homeip.net/bbs/read.php?tid=6296&page=e#a
PDFのリンクと小さくしたポスターの写真のリンクを張っていました。

5月26日の第一届中国留学生座谈会 [2007.05.26]紧急通知のために中止で、
もともとその時に宣伝したかったが、しようがなくなりました。

まあ 欢迎参加! 第一届中国留前辈后辈交流会 [2007.05.27] 新帖标志になったので、
まだ見て申込む人はいるかもしれませんね。

5月23日 -OB,OG交流会のわかる資料

今日は以下の書類の作成をしました。


愛知県の後援名義申請。

OB,OG交流会後援名義申請様式(兪記入).doc」(印はまだ)

今度の交流会の内容がわかるような資料

OB,OG交流会企画書1回目(527日日).doc

OBOG-poster01-jp06.pdf

OBOG-poster01-cn06.pdf

国際人材支援機構についてわかる資料

ITSO団体概要.doc

ITSO定款.doc

今度の交流会の収支決算見込みの添付

OB,OG交流会予算案.xlsx」(excelのフリーアドオンダウロード必要)


大変でしたが、「経験曲線」理論にしたがって、だんだん慣れたら、速くなるし、コストダウンするから、満足できたといえましょう。

そして、MLにファイルを乗せたり、整理していました。

国際人材支援機­構(International Talent Service Organization) http://groups.google.com/group/ITSO-
ITSO-@googlegroups.com

「日中文化交流会」 スタッフML
http://groups.google.com/group/ITSO-seminar-life
ITSO-seminar-life@googlegroups.com

「日中文化交流会」&「OB,OG交流会」 お知らせML
http://groups.google.com/group/ITSO-seminar-life-event
ITSO-seminar-life-event@googlegroups.com

「OB,OG交流会」スタッフML
http://groups.google.com/group/ITSO-seminar-OBOG
ITSO-seminar-OBOG@googlegroups.com


4つのMLに対応したファイルを入れました。
スタッフの連絡ファイルも整理していた。


5月23日 -NIBGの2回目

今日はNagoya International Business meeting Groupの2回目をやりました。

Normanと私二人で、これからの計画、ITSOと研究の進行度など、いろいろ話し合いをしていた。

ShootersでChrisにも一度会っていた。さすがに親切で、気楽の人だった。


まあ、今日は二人で、少しさびしいが、話がしやすかったな。

そして、Member's Feeを考えよという話もあった。

これから日本で働くことは誰もわからないが、少しずつ計画しながらやろうという感じだった。

気づいた!

高校野球やるなら甲子園、
サッカーをやるならワールドカップ、
俺は貴族になるのなら、世界の貴族を見てこなければね、わからないものだ。

気づくのが遅かったが、
見に行こうではないか?

まずは、日本の頂点に立っている人たちをね。!(-^_^-)

2007年5月22日火曜日

5月22日 -OB,OG交流会の予算

OB,OG交流会の予算を作りました。

参加費を200円として、10人なら2,000円になる。
お菓子代と宣伝代と合わせて、2,000円位になるでしょう。

イベントの予算テンプレートを使って作りました。

5月22日 -愛知ネット

今日は経営学と金融の勉強をした。

そして、5時に愛知ネットに行って、インターンシップのこれからの事項について話し合いを行っていた。
大野さんと高嶋さんと僕だった。

学生として、学生を集める仕事をもう二人の学生とすることになる。
まあ、ITSOのことも同じような仕事になるし、成熟しているNPOがどうやって事業を進めているかを見るのは勉強ですね。

そして最後の時に大野さんに、ITSOのことをおさらいしていた。

5月21日 定款づくり

ITSO の定款を作りました。
ITSO のブログを作りました。

~もっと私のことが知りたい~

兪子豊(ユシホウ)

名古屋大学工学部物理工学科4年

中国遼寧省瀋陽市出身(19歳日本渡来)
℡ 090-4468-0036
e-mail:
flair.u#jp-itso.com
HP: http://jp-itso.com
blogger: http://flair-u.blogspot.com/
group: http://groups.google.com/group/ITSO-
Orkut: http://www.orkut.com/Community.aspx?cmm=32404704

2007年5月21日月曜日

自己紹介

私は、兪子豊というものです。

人生の23度の誕生日に向かっている私は、自慢するものはほとんどなく、
唯一他の人に負けないことは、他の人がビビッてやりたいことをあきらめる時に、
私は勇気を出した。


まねごとが上手な私は、なぜか他の人と同じだったら、いやな思いをする。

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5
年後の自分は:

洞察力のついている、センスの素晴らしいリーダー
いくつかの収入源を持って、すべての能力の分野で自分を鍛えている。
立派なお家を持って、立派な車を持っている。
体の素質も無敵で、思想もしっかりしている。

なんの分野でも知識があって、誰とでも仲良くWin-Winの関係を作られる。
個人修養と包容力が人よりずっと素晴らしい。

愛と夢でしっかりと一歩一歩踏み出している。

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野心というか、私はこんな人間を目指しているんだ。


中国から日本に渡来して、わがままな一人っ子が厳しい目に逢ってばかりだ。
2年前に時々、なぜおれがこんな目に合わなければいけないかと一人で泣きながら考えていた。

怖くない私は怖くなっていた。
人間の心がそんなに弱かったら、簡単に気が狂ったり、自殺してしまうではないか。
人間の体がそんなに弱かったら、病気にかかって、苦しい一生を送ってしまうではないか。
人間の意志がそんなに弱かったら
、お金もなくて、碌な食べ物も食べられずに、道で虐められ、何もできないまましんでしまうではないかと

考えているうちに、自分がなぜ生きているのかを見つけようとしていた。
心理学を読んで、体を鍛えて、友達を作って、人生の哲学を勉強しまくっていた。

人間は信じることで、変わっていくものだから、
何を信じて、それに従ってやっていくかは人生の早いうちに決めないといけない。
そして、決めたのは、私は貴族になることだった。

いろんな意味で貴族になりたい。
自分の血を固く信じて、諦めることがない信念;
優れた洞察力、上流社会の教養、紳士的な態度、奉仕の精神;
力強い英雄的な社会的存在として、みんなに夢を与える人間。

うちの教授の話を引用したい「人生は夢だからね」。



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留学は刃を二つ持っている剣なのだ。

人間を自立させ、人間を沈淪させる。
私は自分を見失うこともあったし、視界がぼけてきて何もしたくないときもあった。
「自信を取り戻せ!」と宣言した私は、あらゆる自分が信じていることをやり、躓きながら進歩し続ける。

人生の目標を決めた私は休めなくなった。
自分のマネジメントといろいろ新しいことの試しする中で、昔のように自分がきらきらしてきた。

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社会学でも、経済学でも、心理学でも、親類、友達、人生の先生たち、
みんな私に「起業家にならなければいけない」と教えてくれている。

そうだ、経済界のエリートになろう!
指動かして、何十億が動く世界を目指そう!
ならなきゃ、俺が目指している貴族に永遠になれないのだから!

何も、経験から積んできたので、
俺は、インターンをこの2年間、6つをやっていた。
各種の集会とボランティアに参加して、
留学生の利点を利用して、ホームステイ、工場見学、文化体験など
チャンスがある時だけ参加していた。

今度何をすればいい?
もう、自分で事業を立ち上げよう!!

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今年4月、
NPO 国際人材支援機構 が発足した。